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2008年2月17日 (日)

チングルマ

Dsc01611_2 ニックネームがナンチャマのホームページを見ていたら、山好きな人には珍しいほど花の写真を撮っている。その中に、チングルマの花があった。

・・・・・・・・・・チングルマ・チングルマ・チングルマ・・・・・・・忘れる事ができない花。

あの立山のチングルマとその文章が、ばーーっと甦る。以下その抜粋文。

・・・今年の夏は花が遅れ、どこも8月末が真っ盛り。白山では見たこともないような花々が咲いていたし、立山の室堂の7月末は雪の原だったのに、829日は山の向こうの付け根までチングルマの毛・毛・毛がふわ~っとひろ~い絨毯のようにどこまでもどこまでも広がっていた。かざ車の形で、クルンクルンクルンと回るほんのり薄茶で灰色の毛。小さい白い花よりもこの実を結んだ姿のほうが何倍もうつくしくて、種のシッポにくっつけた毛がいつでも飛べるよ!とふるるるるると風にそよいでいたのです。Dsc01612_2

 飛べ!チングルマ!飛べよ飛べ・・・そして何万何億の種が地に受けられ、。いつか花が咲く・・・・・・。おめでとう!存在かなった花よ。あの花この花、全ての花・・・・・・選ばれてこの世で存在かなった貴方・・・貴方、貴方、貴方!すべての人!そして私・・・どんな命がどのように無価値に思われようとどのように罵る人がいようとも、大いなる力に運ばれて今ある命。たとえそれが枯れ木の下の蕾でも、種のままでも踏まれても、その時の流れにそれがそこに必要だら・・・。いつか地上で花開くその時も、それが其処に在ったから咲く。無駄な命と思えてもその無駄が支える億万の命。ありがとう、ありがとう花よ花よ光よ!今巡り合うこのチングルマ絨毯と私。この山と光、空と風、花々に思いっきり手を伸ばし、この山を抱えるほどに手を伸ばし、深呼吸と共に飲み収めて・・・・・・。

前後省略なのだが、あの立山の室堂を埋め尽くした8Dsc01613_3月のチングルマ。チングルマは一つの花の価値というよりもその全体が一つとしての凄さに、人は言葉を失う。しかし、しゃがんでみるとその元は小さな花の一つ一つ。その一つは、いかにも小さな一つ。その一つにとべ!とべ!とゲキをとばし、選ばれた命と力みつつ何時までも飛べない自分自身をかえりみて・・・・思い更けまくる・・・

                        ーーーのだーーーー。

   前後が無いから浮いてますねーー。落ち込んだときチングルマを見ると思い出すのだよ・・・・選ばれてこの世で存在かなった貴方、貴方、すべての人・・・確かに選ばれたのか知れない・・・・・。だがどういう選ばれ方だったのか・・・。踏まれるだけの役割か・・・。努力が足りないとかたづけるのは簡単。駄目人間の言い訳がはじまったぞーー・・・・?ナンチャマは幸せです。同じ場で同じ事をしても時が違えば状況も違う。人も違う。昔そこにはちょっといえないドラマがあった。ナンチャマの幸せはトンボ始めの洞の花たちのお陰でしょうかね。そのお余りを頂戴して、見ず知らずの方から心温まる言葉を頂き、チングルマの写真を見せてもらうことが出来た。パソコンの世界は素晴らしい!見えない人の人柄が伝わる・・・。何よりも丁寧なコミニケーションに陰ながら平身低頭。

チングルマの写真を見つけてパソコンに取り込むと粒子が荒れて見られない。で写真をデジカメで撮って載せて見たがどっちもどっち。

Dsc01615 羽蝶蘭が無い冬は花の記憶をたどろうか・・・。天気の日には毎日植え込み。

上の写真は今は亡き臼井のご隠居様。砂利を巻き上げてヘリが飛んできたねー。

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