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2009年9月14日 (月)

遺跡の美女

念願の三内丸山遺跡にお目にかかってきた。

あいにくの土砂降りに遭った。30分も早くついたら案内をボランティア

している男性が特別に待合室に入れてくれた。

外から中を見る人を見て自分は動物園の動物になった気分。

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親切なボランティアの男性が生徒に真剣に説明する。頭下がる。

其れがどんなにすばらしいものか生徒の顔を見れば分かるでしょう。

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その後、展示室で受付の丁寧な案内解説を受ける。

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ほらー!凄いもんでしょう。4500年前の作品とは思えない。

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ほらー。

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それにどう?この愛らしくも美しい受付の姫。宮沢賢治記念館で

失敗したので。写真撮らせてもらっていいですか?と聞いて

ブログに乗せていいですか?と聞いてパチリ!

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「遺跡から発見される土偶はどれも口が開いているんです。

専門家は食物を要求している姿という説と・・・」と語る。

そこでむらむらと言葉が飛び出してきた。

「ねー、これって位牌代わりと思いません?

家族愛ってどこにもあるから亡くなった家族の最後の姿を

邪魔にならないちいさな形にして住処の中の一角において

祀ったんだと思いません?亡くなった人は今でも、

みな口を開いているんですよね。それに脱脂綿をつめて

死後硬直が来るまでの間、布で口を閉じて固めるんですよね。

昔そういうことをしたでしょうかね。もししなかったとしたら

其れはそのままの姿でしょうね」

「まー、顎を布で上げるんですかー、勉強になりますー」

と、この賢くも麗しい姫は専門の偉い先生の言うことしか

言ってはいけない決まりの中で、

我輩のような馬鹿な来場者にあわせてくれるのである。

そこでハタト疑問にぶつかる。「土偶の体の1部は必ず欠けていて

其れは違う場所から見つかる」のだという。

其れは、足を折って苦しんだ、肩を脱臼して苦しんだ、

そういう家族の姿を見ていて、共に苦しんだ家族は今のような

医療の発達のないころと思えば、苦しさのあまりこの足が

なければとか、切り取ってしまいたいとか言う言葉を

散々聞いたはずで、土偶を作り、その部分をとって所定の

場所に捨てたかあるいは、

神にこの部分を奉じて、再びの命の健康な再生を祈願したか・・・・。

偉い先生も馬鹿な百姓も4500年前を見てきたわけではないから

こうかなーああかなーと思うことは自由。

ところで姫、今日アクセス地域を検索したら青森があったのよ。

ごめんなさーーーいあなたのことを乗せるのが遅くなって。

気にしてくれたのね。あのボランティアの男性にもよろしく

お伝えくださいね。

私は植物とはちょっぴり会話が出来ますが土偶は初めてです。

先祖供養の法事で行ったのでそういうパワーが騒いだのかしら

・・・聞き流してね。

今度は土砂降りでないときにお目にかかりたいものです。

ありがとうございました。皆さんによろしく。

あーー東北は良い。何よりも美しい人が多い。

私もご親切のご恩返しにちょっぴと三内丸山遺跡を宣伝します。

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