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2009年9月 1日 (火)

エビラ沢

神の川林道を行くと左手に見える美しい沢

この沢の脇から水が染み出て安定度が高く

いつの間にやら名所になっていた。

まぁ、探訪等ほどのご苦労はない。

数年前にはここで車を洗っている非常識極まりない男を目撃した。

其れは他の人も見知ったらしく、いやだなーと思っていたら

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たちまちゲートが出来、立派な 東屋が出来た。

こういう拒否の仕方もある。

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ふ~~~ん緑の玉をねぇ~~~そういえばシャグジとは社宮司と

言う文字を当てていたんではなかったっけ?親方様の話によれば、山仕事の際に、安全の祈祷をしていたという。地名には必ず謂れがある。訛って訳が分からなくなった地名を解明してゆく楽しみは、そこに関心を持つ、そこに愛しさを持つ、里人の脈々と続く命の証をさかのぼること。そしてふと感じられる。仕事に疲れ果て、山の道際で腰を下ろして、一休み。にっこりとほほ笑んでいるような、今は影も形も見えないはずの、昔の人が、私を見ているような錯覚。まさに老いた父母、遠い先祖のようで、全身にかすかな笑みが充満する。

Dsc04147

地名はおもしろい。木も川も形を変え、消えても地名だけは残る

寒気するほど面白い。

変に合併して、地名を消さないでもらいたいなぁーーー。

この左が水場である。

ほら、こんな具合。行く度に工夫されている。

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あれ!地震か?いえ!ただの手振れ!

神の川沿いの水は硬い。夏場は水の傷みが心配なので

ここは比較的安心。

この奥に染み出る水が何箇所かあるが最後の

ある場所の水は硬すぎて、なんと表現すればいいか・・・

鉛のよう???。

川向こうのある人が、「うまくねぇ~石みて~だ」といったには

大爆笑だった。

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滝の左にある山道、今は閉鎖。

昔ご先祖様が、この上で炭焼きをしていたという。

この道は袖平山にも行く山道で、今の林道が整備される前は

音久和やヒンゲ(由来、文字の当て方は不明)

からこの地を結ぶ街道だった。シャグジに来るにはこの

山の上を通って、ここに降りた。シャグジには大きな滝というより

深い淵、切り立っていて落差がひどく、へつることが出来なく、

(大瀬戸の堰堤)を築いて埋め立てたということだ。

このころの記憶はいくらかあるなー。

音久和からヒンゲや後ろ沢を結ぶ主要道路ということだった。

神の川は昔、シャグジから船を出して岩魚、山女を取るほどの

大きい川で其れは彦江門の沢まで続いた。

長者舎には分校まであり、一時は栄えたところだという。

当方知る限りでも長者舎には人家が残っていた。

渓谷美も抜群で、水量も多く恐ろしいほどだった。

水を治めるものは国を治めるというがこの水量の激減は

まことに治めたというのだろうか。クレッション。

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