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2009年12月

2009年12月31日 (木)

黒部から青山そして

黒部に行くには扇沢から入るのはこちら側の住民としては一般的。

だから、富山側を知らない。ツアーでもないのにぐるっと回るという

のは、おお事である。長い間あこがれていたトロッコ電車。パソコン

2009102213260000で検索し、電話をかけ、

天気予報を調べ、このときか!と出かけて、

さてあまりにも急なことにて、宿が取れない。例によって、ドタバタ

喜劇的旅の始まりである。なにがといえばまず一番の問題はデジ

タルカメラの故障だった。称名の滝はアウト!Dsc04525

滝に向かうこの景色だけが残っていた。

携帯電話のお出ましで、かろうじて、欅平祖母谷温泉の映像は

ゲット!

2009102216460001

テレビで見る川原から上がる湯煙。川原を掘ればどこでも温泉

川の水と温泉を調合し個人風呂の作成!

いかにもロマンチックな!?設定???!

取るものとりあえず目の前の川原にお出まし、いざ!と場所の

物色すれど、これははっきり言って川原地獄。とてもマイ風呂

の作成には程遠い。川原から帰ってくる二人ずれに

「どうでした?」ときくと

「アツウテ、アツウテ!・・・」という返事

関西人らしい。そのとおりだった。ここは大丈夫だろうと水の流れに

足を入れると、突然やかんの口から沸騰した湯気が噴出して来ると

いう奇襲攻撃にあって早々退散。

問題は、同宿した登山者が、奇しくも山と渓谷社特集連載の

山小屋365日を手にしていた。祖母谷の温泉小屋の女将さんが

買ってきたばかりという。ありえないほどの賑やかな夕餉と成る。

天衣無縫というべき彼女は、別れの朝トンネルに入る私の背に大

きな声を張り上げた。振り返ると、山荘の前で2人手を振っている。

その景色が、きっと生涯忘れられないか知れない。

早速彼女からのお誘いがあり、青山の銀杏が見たいというとそこに

いこうと、これも前の日に決まる。

Img_0155

道を間違えて、戻る途中の石垣に、岩タバコの庭植えはこういう石

組みの形で・・・。と東京ど真ん中で講習会の始まりとなる。

八ヶ岳に別荘を構て私の庭の庭作りを手伝ってーー。と懇願する

彼女の引力が強いか丹沢の魅力が勝るか・・・?

黒部から青山、そして八ヶ岳か?それとも丹沢か!ドラマは延々

と続く・・・・であろう。

2009年12月29日 (火)

年末の青ケ岳山荘

今年も年末年始は、毎年浜松のSさんが登ってくれる。今年も

例外なく30日から小屋入りとなる。

素泊まりの小屋のせいで今年は楽チンだったが、食事は

売店に、ラーメンとカレーライスを設定したので、特別な不自由

はないかと思っている。

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今までは生鮮食品を揚げて、無言のキャンセルに手を焼いたり、

連絡にパニクッテいた。これからは保存食で対応ということで

内容はお粗末になるが、山に来る目的が何かという本来の

登山に立ち返って、山そのものを感じてもらいたい。

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小屋では、売店の品がなくなり次第、お品書きの札がひっくり返る

という仕組みである。山の天気のような物、

良く調べて、用心し、

後は自分の健康と、体調を確認し、幸運を信じてゆくだけである。

他人頼みに限度があるという認識を何よりも素直に思わしめる

のが自然。

あなたの食事は間に合わせても、貴方の健康と

山の天気を変える事は出来ない山小屋です。

霧が出て、冷え込む朝方は霧氷の花が霧の中に咲く。

さすような寒さは地獄。全山に咲く花は極楽。陽と共に消える。

一時の花だから、感動を呼ぶ。そんな地獄極楽が同居する

のが山。自分自身を確認するのも山。

年末年始の登山が無事であるように念じて、今年は終わりか。

2009年12月27日 (日)

七沢に行こう

  ついこの前、丹沢資料保存会から、

七沢の自然環境保全センターで奥野さんの写真展をやっている

ことを聞いた。

それから数日して北丹沢山岳センターから、山小屋通信が来て

奥野さんの丹沢今昔の記事が出ていた。

奥野さんといえば、丹沢のガイドブックで有名である。

今は川崎の自宅で、書籍の整理にいそしんでおられるという。

Photo

写真を探してみたら、平成元年5月28日という写真をご本人から

送ってもらっていたのを探し出した。21年前ということだから

このころはまだバリバリの現役であった。

一番左が奥野さんである。

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当方が11月29日に陳情に行ったときの、センターは銀杏が美しい

頃だった。1月まで展示しているというから、是非行ってみたい

ものである。遠方に丹沢の雪が見られる季節だろう。

Img_0204

此処ですね。

近くには虹の大橋もあり、一大観光名所に成っています。

さて、写真探しをしたついでにもしかして、!と思うものを見つけ

ました。これとこれ。11月1日に高校時代と言ってましたね。

Img_0294

こういう写真はこれ一枚しかありません。珍しいのです。

と思っているところに本人から電話。違うみたい。

Img_0295

あたりでしょう!?目は瞑っていますが!?

奥野さんの写真はスキャンしましたが、下の2枚は面倒で

デジカメで撮りました。反射して光って、いかにもおでこのあたりから

オーラーが出ているみたいでカッコいいじゃあアーーーリマセンカ!

スミマセン、ついついお笑いに走りたく・・・・。

これも違ってくれれば罪がない。

2009年12月24日 (木)

これもまぁまぁの出来

去年今年、その前と、此花は写真で何度撮っても、この咲き分け

はくっきりと撮れない。小花だが色が濃くて実に美しい。

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まだら斑の咲き分け。これは毎年良く増えるほう。

早々売れていった。

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自慢の紫斑紋。大輪でそらないのが売り。

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菊葉にしては良く増える、働き者、側葉がでて心配したが

去年も今年も、お元気でした。

この写真は咲き上った最後の花びら。そのうち全体図の写真を

編集します。見つからないのですよ。写真が。

当園符丁は陽明門。

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仁王系大輪子宝。子宝の中で一番大きく豪快。

これは大きい球根に成っていました。

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やや小花。それだけにきりっとして、型崩れなく美しいですねーー。

距の短さは安房が入っているんでしょうねー。

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花の解説終わり。

2009年12月23日 (水)

まあまあの出来

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これは次々枯れていく仲間の中で珍しく育ってきた花。

今年は異常な大輪に成って枯れてゆくのではないかと思ったら

まぁまぁ、結構な球根に成っていた・

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これは親のほうが小球でこの方が大きい子を作っていた。

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暴れる花!どの花がお前なのか?と聞いてみたい。

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上の写真と下の写真は同じ花。光線の加減、露出の加減で

別のような花に見える。このグラデーションの美しさを伝えるのは

写真では無理。

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下の写真は兜咲き、かぶとが大きくて花にかぶって開かない

という人がいるが、肥培のし過ぎと湿度の不足ではないでしょうか。

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確かに桃色というには濃い色ではあるが、満開に成ってしばら

くしないと、淵に濃い桃色が出てこない。

きれいにはきれいだが 値段ほどの花か???と思うね。

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この花を増やすのに何年も掛かった。こういう花好きな人は

変わり者。

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    此花は大輪になるけれども、あまり肥培しないでこのぐらいで

咲かせたほうが美しい。

解説終わり。

2009年12月16日 (水)

ホームページ記事の下調べ

青ケ岳山荘へのアクセスに中央線の藤野がある。

北から入ると、アプローチが長い。今日は新たなHP作成に向か

って、バス時刻表と検索のURLを調べに行った。然し、昔の話し

だが相模線の橋本からバスで三ケ木に着き、乗り継いで東野で

下車。今は、やっていない長者舎山荘に一泊した。音久和で方向

が分からず、指導標も分からず、分技点で暗闇の中、明かりの

灯っている家の前から、物の気配に向かって道を聞いた・・・。

南から北側の此処に来るまで一日がかり、三ケ木から西に向か

う夕焼けの山波は赤く染まり、行けども行けども車窓に現れる

山の稜線は重なりあって尽きることなく、遠くへ旅をしているのだ

という実感が降る様に湧いた。

当時のことは今もはっきり覚えている。今ならば、ものの

数10分でこの地に到着する。道路は舗装、カーブは直線。

早くなった。車の往来も当事の面影もない。

今、バスに乗ってゆっくり山麓に一泊する登山者が居るだろうか?

懐疑的思いでバスの中継所を調べに行った。神奈中のバスの

URL では検索できないからだ。藤野駅から東野まで直通だった

バスも廃線になったり又始まったりと落ち着きがない。

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新しく出来た乗り換え地点に建てられた施設は立派で、時間帯

のためか、建物は無人であったが、公衆トイレも立派であった。Img_0260

当然本数は少ない。

携帯電話からバス時刻を検索できるという硝子越しの説明書を

写真で撮って、色々調べた時刻表をラミネートに掛けて山小屋に

設置しようと子供のところに向かう。ラミネートなるハイカラな物は

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青ケ岳山荘にはまだない。子供たちは緑化活動に特に熱心で

やる気満々。乞う、ご期待。というところか。

帰り際に振り返って、パチリ!・・・左にかろうじて写っているワイ。

香り抜群の子供が仕入れたエチオピアコーヒーを山小屋でも

淹れることになった。

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相模湖は夕暮れ。正面から登る朝日には湖面が光り、夕日には

山が光る。この景色をつまみに、野外卓で飲むコーヒーは格別。

参考資料

ありがたいことにみろく山の会から山の荒廃をくい止める活動や

ご意見をいただいた。

書面から、ゆるぎない熱意が必要であることや、その存在を知る

ことが出来、陰ながら頭を下げた。

3年5年の歳月は、振り返ってみれば、正に夢のように流れてゆく

1・2年で成果を出すことは難しい。然し事態は、とまることはない。

当方が、4年前に撮った写真がこれである。

Img_0256

この当事は、パソコンを使っていなかったために写真を保存できず

撮った写真は現像して絵葉書にし、折々に知人に発送して山の木

の惨状を訴えてきた。

この写真はスキャンしようかどうか迷ったがスキャンすると非常に

粒子が荒れてしまつに負えない事があり写真をさらにデジカメで

撮った。撮影日の数字は明瞭に写らないがアップするとこれです。

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2005年6月3日とある。何でこんなに日にちにこだわるかというと

何も昨日今日やにわに、気になって騒ぎ始めたのではないと

いいたくて、歳月を出したいわけではない。

この写真と、今年の写真を見比べてもらういい資料となるめに

4年の歳月にこだわった。

その今年の写真がこれである。

Img_0192

土嚢は消え、さらに土がえぐれ、根の露出が進んでいる。

良くこれで持ちこたえている物だと思う。

これで正確に言えば、これを撮った日にちは11月28日だから

4年半というわけだ。この先半年、1年2年そして5年、この木は

どうなっているだろう。

良く若い者に言う言葉に、芸術写真ばかりが尊いわけではない

記録写真を撮れと言っている。

百聞は一見にしかず。昔の人は偉いよなー。

昔の人はカメラを持っていなかった。然し持っていた物がある。

其れは何か、経験と、其れを語り継ぐ常識と、元は山川が

あっての命という実感だ。

木を切れば水が枯れる。岩を動かせば流れが変わる。

其れが今、自分のまつげのように身近すぎて、みえないんだ

ろうか?あるいは遠くなったのだろうか。

汗をかかずに山に行く、テレビの映像があるしな~!・・・・。

2009年12月 9日 (水)

怒れるヤナヤッツ!

11月28日の土曜日に躑躅コースを登るときにドキッとするケバケ

バしい物が目に付いた。

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何だと思ったらビニールに入った塵だ。中にはイチゴの菓子の

名称を印刷した紙が入って、他にも少々の物が入っている。ちり

紙も入っていたがウンコ紙かどうか、出して確認する勇気はなか

った。そこでしばし悩む・・・。さてこれから登るんだから、これを

山頂までもってゆくのは、いかにも馬鹿らしい行為ではないか?

だが、帰りは大体くたびれて、こういうものを拾っておろすという

気力が失われている。風で飛んでしまうかもしれない。帰りには

きっと拾うことは無いだろう。

今年の春、犬越路に登る途中、薄緑の酒のビンが割れて登山

道に刺さっていた。見るにも危なくなんだ!と腹を立て、帰りには

きっと拾って帰るんだと硬く決心すれど、さて帰りにはその瓶が

さっぱり分からないのである。そういうものなのである。

またひとつ、今度はハンカチ。仕方ない、これもこの塵の袋に入

れる。然しこの頃は実に山に塵がない、昔は山頂でも登山道でも

かなりの塵が散乱していた。

この前11月8日に下るときはツツジコースの野外卓で休んだ。

2009110315170000

これは石棚山稜の野外卓だがつつじコースには椅子が無い。

そこで休んでいる青年が、タバコを吸っていた。それとなく隣に

腰を下ろし、そのタバコの吸殻をどうするのか黙ってみていた。

すると青年は、やおらポケットに手を突っ込み、吸殻入れを

取り出して、その中に入れた。

「ありがとうございます」思わず口から出た。

「いやぁ、今は捨てる人はいないでしょう」

「えー・・・そうですか・・・昔はすごかったですよね」

青年は、そそくさと降りていった。過激なやなヤッツそう・・・・・

クワバラクワバラ???勘の良い青年である。

つまり、根気良くマナーを語り継ぐ、地味な行動もボランティア。

次の日、下山の支度して、小屋から少し歩き始めたら、公衆

トイレに入っていく男性がいた。!?!?。弱ったなー・・・

もうトイレの紙はビニールに包んでリュックにぶら下げてし

まった。あの男性のウンコカミ又このビニールを空けていれ

るのは嫌だなー・・・と思って、戻って

「すみません、小屋で使用済みのちり紙を持って降りるところ

ですが、もうリュックに括り付けてしまったので、すみませんが

ご自分の使った紙は、持って行ってもらえませんでしょうか」と

言うと彼はぶら下げたビニール袋をチラと見て、

「私は紙は使いませんでした」ときまり悪そうにいう。

「そうですか、すみません、又のご利用にはどうかよろしくお願

いいたします」

こちらも恐れ入り奉りつつ申し上げ・・・・

「フンットか?」と確認にいたる。

目の前で確認するのは嫌だから、姿が見えなくなってから

トイレを確認したら、本当に紙は無かった。ごめんね。

バタバタと急いで追いつき、遅れた理由を小屋番に話すと

「そのエネルギーどこから来てるの!」とあきれている。

今だって、金山谷乗越のあたりには塵がたくさんあるという登山

者がいた。悩みどころだ。拾いにいくことになりそうだな~~~。

そういえば、

「山頂で「檜洞をこよなく愛する会」だったかゴミ降ろしのお願いが

書かれた錆びた鉄板が落ちてました。土の中から出てきたのか、

協力してくれた方は、ノートに名前を記入して、、、等と書かれてま

した。昭和54年と日付がうってありましたが、どういう会だったのか

知る由も無く・・・昔は色んな活動がなされてたのでしょうね」

とボランティア活動の人が語る。

今も昔も、自然が尊いこの山が素晴らしいと思う人は大勢いたし

今もいる。今頃バタついている自分がおかしいのだ。

人は年を取る、熱意も行動も永遠に続く事無い。

と、錆びた鉄板が語っている。だからたった今なのだ。

今気が付いて、できる時やらないでいれば其れは、ずっとでき

ないと思ったほうが間違いないか知れない。

登山者の行動を逐一観察して、チクチクガラガラ怒っている

ような、われながらヤナヤッツ!

其れなのに、よくも皆、寄ってきてくれるよ???此処はひとつ

素直にサンキュウー!!

本当は山が好きで皆きていることを良く分かっていて、こうして

とぼけて見れるのも・・・・ホレ!年の功だよ。重ねてありがとう。

2009年12月 8日 (火)

西丹沢躑躅コース

丹沢山塊の中でも今一番荒れているのは躑躅コースではない

だろうか。11月27日の土曜日に躑躅コースを登る途中で、玄倉

林道の崩壊で通行止め看板設置に桧洞丸に登った県の

自然環境保全センターの冶山課の職員とであった。

「玄倉もいよいよ工事に取り掛かる。1年半の予定。然し此処は

すごい荒れようだなー、鹿も全然逃げないね、今日も山頂付近

にいたよ、悠然としたもんだ。丹沢あたりのはすぐ逃げるけどな」

と立ち話をする。

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「この木の根元を守ってもらえませんか、堰堤工事課の担当と言

えどもこの木の根元に土を盛ってやるのも小さな堰堤工事です。

この木を助けてください、県のどこに陳情したらいいのでしょうか」

彼は鈴をリュックにたくさんぶら下げて鳴らしつつ降りていった。

「今度、シロヤシヲ躑躅を見に来よう」そういって下る彼の後ろ姿

に、来年のシロヤシヲは果たしてどんな風に咲いてくれるか、日に

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日に衰えてゆくこの現状に、来年のシロヤシヲに彼は、感激する

か、はたまた、ナンダこの程度かと思うか・・・・。えもいわれぬ思

いになる。

  Img_0200

これで、この有様で、毎年シロヤシヲは美しく咲けるか!

造花じゃああるまいし!!

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人ならば、目があって見える普通の人ならば、これを見て、

吃驚してみろ!!

哀れと思わないか!苦しくないか!

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この幹の太さ、何百年、もしかしたら何千年山を守り、ひいては

かげながら人を守ってきた。この木に対して人は礼節を欠いて

いる。これは皆シロヤシヲ躑躅の大木だ。

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何か躑躅コースだ!石山コースになるのも時間の問題だ。

こんな風に

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こんな風に!

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こんな風にだ!

もう間に合わないところに来ているのかもしれない。それでも

1年のところを1年半、10年のところを13年、少しでも先に延ばす。

出来るだけの事をする。

ボランティア集まれーーー!!

桧洞丸青ケ岳山荘にて署名活動をしています。

ボランティア登録受け付けています。

Gメール、手紙でも受け付けています。

2009年12月 6日 (日)

待ったなしの現実

29日山から下りてきてさて小屋番のお食事と野菜の収穫に畑に

いってみて驚いた。おそらく一晩のうちではないか、動物に食い

きられてスッテンテン!

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白菜大根ズタボロ!

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ブロッコリーもズタボロ!

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ずーっとしたまで、めちゃくちゃ!

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足跡はつめが割れている。鹿か、猪。

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おまけに玄関の人工芝の上に ウンコ! 

此処まで来ると挑戦状か!

ここはワタシノ家よ。テリトリーの主張か????

Img_0225

雨上がりの真夜中、外が妙に明るい。出てみると虹を掛けて

月が周りを照らしている。

生き物たち、賑やかね!と???????異次元的宇宙の

景色が返す山彦。

いま、生き物たちは、闇に向かうバイオリズム?

さればとて、闇を照らす光もある・・・・・・。

其れは何か、おのおのが持つ消しがたい心の灯火だ。

自分自身への命の感謝。其れを支える足元の土への感謝。

そして草木に心なごむ思い。断ちがたいこの思いが

まさに闇を照らす光だ。

早々と募金が集まった。会計担当を募集しまーす。

ボランティア集まれーーー!!

2009年12月 4日 (金)

ブナ林の惨状

今年2度目の躑躅コースの登山は天気が良く、快適な登山。

然し紅葉の季節が過ぎて、葉を振るった樹木の様相がいやおう

無く目に付く。足元を見れば

目を覆いたくなる惨状・・・。

Img_0161_3   Img_0162

どこの足を置こうかと迷う、網の目のように張られた木の根

この根ががっちりと山肌を抱えて流れてゆく土を守っている。

踏まれて剥けて、形成層が盛り上がり、再生を図っている木の根

其れがさらに踏まれて剥けて・・・・。いつまで耐えられるのか・・・。

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見上げれば右手の枝が小枝を掛ける能力を失ってかなり太い

ところから、ぶつっと切れている。

Img_0175_2 Img_0190_6

鹿なのか熊なのか動物に食いちぎられて再生を図って

盛り上がり・・・見るも痛々しい樹木。

それでも必死に命の限り生きている。生きてそして土を抱え

踏ん張っている。

Img_0181 Img_0166

これを見て!

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これをみてくれー!!

何百年、もしかしたら何千年をかけて生きて土を守り空気を

再生し、水を生んできたこの木がわずか数十年の間に

この有様。

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これを見てなんとも思わないか!こういう山道を歩いて

みんなのストレスは発散されるのか!心が晴れ晴れとするのか?

見ていて苦しくて苦しくて、首を絞められるような思いがする。

涙が出る。

丹沢はこの近辺の水源だ。空気の再生を図り、水を提供する

いうなれば我々の命の元だ!。

其れがこんなことに成ってなんとも思わないのか。だいぶ前に

来たときもすごくて

「アー、億万長者ならヘリで土を上げてこの木の根元に掛けて

やるのに」と思った。然し、今はヘリコプターでない。

そんな夢物語ではないたった今、自分で1キロばかりの土でも

背負って、この木の根元に盛ってやるのだ。

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まるで放牧された牛のように草の芽を食いつくす鹿の集団。

動物愛護も大事。人間も動物のうち。草木も生き物・・・。

バランス考えてくれーーー!

そう思う切羽詰った気持ちで下山して、夜もまんじりと眠れず、

4時ごろおきて、デジカメの写真をプリンター機に掛け、写真を

A4に数枚印刷して、七沢の自然環境保全センターに車を飛ばす。

昼に掛かったが11時50分から12時20分間で話を聞いてくれた。

たすけてください!たすけてください!今すぐ、たった一本でも

いいから、助けてください。と連発して帰ってきた。朝昼抜きで

ひどく疲れた。

心のボランティアの田中さんに電話し、

神奈川新聞に接触を試みた。次の夜電話が入った。

今日電話で話し、手紙を書き、地元の北丹沢山岳センター、

今日はぶな党に電話、写真の送付手続き。今日で4件。

昨日はパソコン教室。

「先生、私は老人で。ぼけています。今までも大変苦労して私を

指導してくださったでしょうが、私はこれから又ひとつ仕事を

増やし間接的に人間の命にかかわる活動をします。

今以上に苦労して、この年寄りをどうしたら一刻も早く

指導できるか今以上に苦労して考えてください」

と宣言し、?懇願か!

NPO法人にしますかと聞く人に「はい」といいつつ

税金の心配するほど金の集まることでない、なけなしの金を摩る

つもりでやろうとおもっているんだ。関係ない分野だな、と思う。

みんなー、集まれーボランティアに登録せよー!!

此処はどこ?

  世の中、捨てた物ではない

身近なところに、こんな別世界があるとは知らなかった。

このたたずまいはまるで石棚山稜の雛形といっても過言

ではない。

Img_0080_4   

 木漏れ日の山道 ひたすらなだらか

道を覆う落ち葉ふみ

 柔らかなあぜ道を行くが如し

 

 父、母の手のひらのように

      何事かをただ受けいれる

 

 

 

 

 

 

 

 

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アキノヒノ木漏れ日がちらちら・・・。

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此処も馬の背、奇跡の道・・・。

   

 

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適度の勾配と曲がり・・・。

足裏に伝わる土の柔らかさ、今この感触で歩ける身近な

山道があるだろうか・・・?

Img_0100

馬の背とはまさにこのこと。幅50センチか?。

こんなところを大勢が、ズダズダ歩けば

たちまち崩れる不安が出る。

此処がどこだか誰にも言うまい・・・!!

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涼しい怖い杉林。よく手入れされている。

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山はくっきりと雑木と杉に分かれる。

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途中であった山仕事の男性、「この山は県が買って

山の手入れをしてくれるということだよ、20年の

期限だと、地主はいくらか金を貰ったらしいよ」

と語る。

「えーーー!!県もいい事やってくれるじゃん」

「ありがたや、ありがたや、ひたすらありがたや」

これを価値あると思ってくれる人がお上にも

いたなんて、

世の中捨てたもんじゃあない。

ただありがたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2009年12月 2日 (水)

下山の日

♪・♪・♪・・・・・・プ・プ・プ・プ・・・・・♪・♪・♪・・・・プ・プ・プ・・・・

?????・・・・なんだこの音はーーー???

♪・♪・♪・・・・・プ・プ・プ・プ・プ・・・・???延々と続く・・・。

ア!!携帯か!!なんだ!!非常事態か!!ライダーの携帯は

電池切れ!ということは心ちゃんだ!急病発生の知らせか!?!

「心ちゃん心ちゃん携帯確認、何かあるよ」「うーん?目覚まし!」

「もう30分も鳴っているよ」「うん・・・・」

ご本人はびくともしない。こっちはすっかり吃驚気分。仕方ない!!

起きるか!。時計を見たら5時前。まず炊飯器にスイッチを入れ、

ストーブに火を入れる。コタツにごろ寝のトンボが眠たそうな目を

2009110317580000

あける。もっと寝てればいいのに・・・くたびれているのになぁ・・・。

コタツで風邪を引かなかったかと気になる。

やおら起きてきた心ちゃんが味噌汁のなべに火を入れる。

嬌声、嘔吐のグループは4時台にザワザワと出発していったのが

聞こえていた。6時出発の登山者1名。

「ナンダ弁当頼まなくとも朝ごはん食べていけたな~」と残念そうに

出発。皆6時には出発できた。登山者が

「手紙置いてありますよ!」と紙切れを持ってドッ、ドッと降りてくる

「ヘー!感心!お詫びの手紙だ!」小さなノート一枚を破い

て几帳面な字で連絡先と詫び文を書いてある。

「えらい!」と思わず声が出る。「誰が責任者だ!」と

怒鳴ったライダーに、すぐそこに待ち構えていたように中二階か

ら間髪おかずに駆け下りてきた。そしてそんな物でふき取れる

わけ無いだろうと思うような小さい白いハンカチか布切れか紙か

夜目に定かでない物でせっせと嘔吐を拭くが、みていていじらしい。

ビールの箱を半分に切ってその上に大きいビニールをかけて

「これで無きゃぁ駄目」とやる。本人が持っている小さなビニール

袋は」は嘔吐物が入って苦し紛れにのたうつから、

もみしだかれ、ぐちゃぐちゃに成って内容物は溢れ、四面に飛び、

カーッペットはヘドロだらけ、この黒い寝袋の中の一見マグロの

ようなにみえる生物体を戸外に引きずり出したい気分だった。

そういう記憶を残し、台風一過のごとく彼らは旅立っていった。

ライダーも

「県はこのウンコ紙背負いおろす袋はよこしていないの」

とがさがさビニール袋を3枚探し、それにギュウーとつめ・・

キクーーー!!一週間ブンノカオリー!

「リュックの中に入れないほうがいいよ」と心ちゃんが紐を出す。

其れをリュックにくくりつけ

「もう一晩いてよ!」という小屋番のねがいを

「ナーニガ寂しいだ!この意気地なし!登山者がいるジャン!

ライダーは6日も一人だぞ、暇な山小屋で静かに物思いに

耽るどころかダイアモンド富士の撮影から始まり、遭難騒ぎで

夜中の10時からお回りのお食事つくり、掃除三昧に、

へど掃除。ピポピポ携帯で起こされて

これ以上こんな騒がしい山小屋にいたらライダーといえども

死んでしまうわい」と内心ぶつくさとつぶやきつつ

「じゃあ又山で会おうねーーー」と小屋を後にする。

Img_0196

振り返れば、相変わらず飄々たる、心ちゃん、タレントもどきの

美男のトンボ、その表情に漂う10年の歴史と重みに、今を耐え

瀬戸際をふんばるトンボ。

常連さんの前で、われらの前でつらさを隠し仲間と集うことが、

皆に尽くし喜ばれることが、エネルギーの再生だったろうが、

足の痛さ苦しさを、行きずりの登山者にまでは誤魔化せなかった。

壁に耳あり・・・ということ。

これからはもう少し気楽な山小屋経営にしよう。

相変わらず、ノターリノターリと下山。躑躅コースは春かと思う

人の行列。

「おっ!いいものをもってるな!」と声かける登山者・・・どきっ!!

ウンコカミ、リュックからブラブラ、まさかこのこと分かるのか???

マサカ、マサカ・・延々と悩む?????????。何のことだー。

Img_0140 

そうかーーーこの尻革かー!ようやっと気付く。

この尻革皆うらやましがる。人気者?

山は上半分冬枯れ。下は極楽。落ち葉の黄色い絨毯、赤い絨毯。

暖めれば、2三枚ぐらい撮れるかも知れないという登山者からの

情報知識を頼りにカメラにホカロンヲ貼り付けてみる。さすがに

徹底的にあがったらしい。車にエンジンをかけ、此処でほっとし、

この絶景を記憶にとどめて絨毯を蹴散らしもみじの傘をくぐりながら、

林道をまい進し、便利でつまらない下界にたどり着いた。

写真を挿入編集に3週間掛かった。お粗末でした。

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