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2010年1月23日 (土)

神の川今昔

北丹沢山岳センターから北丹沢に関しての昔の成り立ちと言うの

ものを収集に協力というお願いがあった。

そこで、去年の神の川周辺の写真を探してみたところ、デジカメが

壊れれた後で、ぼやけた写真は全て削除されている。

仕方ないので、1月22日昼過ぎに出かけてみる。寒い。

然し、今時期でないと、木の葉が茂って神の川の流れが見えない。

よく小屋主がいう小瀬戸の堰堤を撮るには今でないと駄目だろう。

Img_0425

キャンプ場の釣堀が終わってすぐ上が小瀬戸の堰堤だ。

副堰堤を2個従えてここだけはいつも、ゴーゴーと音を立てている。

Img_0445 

この木の枝を見ると、葉が茂っているときは駄目と言う意味が

分かるでしょう。

Img_0439

ついでにエビラで水を汲み写真をパチパチ。 Img_0430

ここにはこれだけのことしか書いていないが昔この下流の

ところに神社があり、宮司が居た。地名はそこから来ているんだ

なーと思った。

今、この金・物・科学の時代でさえ、最後は神頼みであることを思

えば、昔はごもっともの神仏だ。明治以前は信仰の山であったと

言う丹沢だからさもありなん。

Img_0434

美くしい淵ですねーーー。

Img_0436

さてご先祖様は、この沢の淵を右に行ったのか、それとも左か・・・。

Img_0435_2

袖平に登るこの道、今は通行止め。

この上で、炭焼きをして生計を立てていて、伐った木にはねられて

なくなったという・・・。すでに70年か。昔は川沿いの道は無く、尾根

を歩いて、社宮司におりて、小瀬戸から船を出す、と言う入山方

法だそうだ。上青根からヒンゲというところに出て、(シャグジ)ここ

いらではシャグウジと丁寧に言わない。ヒンゲという地名も不思議で

仕方ない。何が語源か、どういう風に訛ったか。

て、シャグジまでは馬も入った。つまり、林道がなかった。

昔は小瀬戸は深い淵で、このしたの社宮司から船を出し、広河原

まで、魚を捕りに行ったという。ごく最近の話では、スリという魚の

繁殖期には水面が盛り上がり、凄い物だったと言う話を聞いた。

それほどの昔ではなかったようだ。それでも40年前後だろうか。

Img_0457

折花神社が現れ、

Img_0492

まもなく、山の神の社が現れる。正月でお祭りをしてあった。

昔は、9月16日に山仕事の衆が集まり、酒を酌み交わして山の

神の祭りをしたのだという。

今の山の神のこのあたりは山の神戸といって昔は此処にも人家

があった。神の川は、栄えていて昔、犬越路は玄倉との交流の

生活道路、林業の道路であり登山道と言う観光道路とはかけ離

れていた。道志では白石峠を超えて玄倉との交流が蜜で、いまで

も、嫁ぎ先の叔母との行き来をしていると、期せずして当日、道志

で聞いた。(今は当然車である)以下次号へ。

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