« リホーム教室 | トップページ | そー言えば・・・。 »

2010年3月24日 (水)

雨が降る

昨日夕刻から降り始めて一時強く降った。屋根に当たる雨音を聞い

ていると、しみじみありがたい。小屋のドラム缶に水が溜まっていくだ

ろう・・・・と思う。山に居ると、茶碗をを洗う水、布巾を洗う水にも困る

ときがある。拭きたくともふけない床、真っ黒な雑巾、キッチンタオル

の出番。そういう山に数日居て、下に下りて水道の蛇口をひねるとジ

ャーーと出る水??!!!---。一瞬 ? と思う頭の中の調整

機能・・・。

Simg_0988

(バケツの水に写る空???。熊野大社の由緒に寄ればくまが転

くもとなす、くもは神なりという言葉を山陰を旅したときにであったな、

写真を見てそんなこと思い出した)

そして、幸せだなーありがたいなーと思う。しみじみ思う。今日の雨

は山に沁みていつ我々の蛇口から出るのだろう、この降った雨の

何パーセントが蛇口に回ってくるのだろう。そんなこと誰も知らない。

大雨だと、登山道に沿ってながれ下る、泥水。乾燥期には、強風に

飛ぶ土!。もうかなり昔から始まっていた。この前こんなメモが出て

きた。

「雨が降ってきた、どうか神様、この山に、そっとそっと、クリームのよ

うにやさしい雨を降らせてください、このささくれ立った山肌にいたわ

るような、やさしい雨を降らせてください」

・・・・・・・偉い身勝手なもんだと思う。人は皆身勝手だからな・・・。

何も好き好んで、山まで行って、どうして下と同じように、水を使い、

沸騰点85度で、固いご飯は嫌で、新鮮な野菜と果物を食べなけれ

ばならないか・・・・とまれ!そういうあくなき要求があって人類は進

化してきたのではないか!?。そうだなー・・・・。然しそういう不自

由さを体感して、もののありがたさに、振り返るんではないのか。自

分の生き方。存在の如何を、ふと感じるのではないか。其れが山な

のではないか。金さえ出せば、という考えが、どうしても通用しない

世界がある。その経験をすることが出来るのが山だと思う、古き馬

鹿な人間がまだ生きて居る。

今日はいつまで雨が降るか・・・・予報が当たるかあたらないか、分

かるわけがない。いろんなことがわからないのだ。・・・分からないな

がらもありがたい・・・あー、この雨の音、何かにつけて思い出さない

ことは無いけれど・・・・・。

降る雨にただ感謝。

« リホーム教室 | トップページ | そー言えば・・・。 »

桧洞丸青ケ岳山荘から」カテゴリの記事

最近のトラックバック

カテゴリー

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ