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2010年4月27日 (火)

万葉集の植物

山友が一冊の本を置いていった。その本を見て、律していた心算の

言葉か決壊して、怒涛のように溢れてくるのを止めがたい思いにな

る。どうも我輩は、植物のことになると前後不覚に落ちるらしい・・・。

この先生は、この植物の燐茎だけを食用と言う対照で考えているらし

い。地上部が食用になることを知らないらしい。何か語り掛けたいと

思えど、プライバシーとやらが邪魔して、無言の怠けを決め込むか、

奥歯に物の挟まった物言いとなる。こっちだって余分な苦労はしたく

ない。

昔、花き温室に高齢の男性が4・5人の中年の女性を伴って現れ、

こんにちわ位の挨拶はあったかどうか、当園の棚の植物を指差し

て延々と、でたらめな解説を始めた。初めはまぁまぁと聞いていた

が段々と苦しく成ってくる。思わず

「この樹は、何々で、そちらは何々と言うものです。とても似ている

のでちょっと見ては分かりにくいのです」

とやらかしてしまった。日本のひん曲がった常識の波に乗って、こ

ずるく生きれない、馬鹿人間の面目躍起と言う場面である。実に

嫌われる存在ではある・・・・・・。場内は一瞬の後に静まり、10秒

の程の時を経て、偉そうな先生ご一行は音も無く消えた。

然し、考えてもいただきたい。たとえば貴方の名前が佐藤さんとし

たとして

「これは中国の李さんと言います」と延々と語られ、猿轡をはめられ

て、それを聞かされ続ける貴方ならどんな気持ちになりますか!私

なら、七転八倒します。私にとって植物は同等です。もしかした

らそれ以上かもしれません。

「人は何故山に登るのか、其処に山があるから」と言う名文句があ

りますが、私は、過去に自分の命の確認のためと記したことがあ

る。然、今は、それは長い歳月の過程に過ぎなかったと思うように

なった。

山といえばなんでおなじというわけではない。禿山になんかは登り

たくもない。高みにさえ上りたいのであれば東京タワーもあるし、

そんなに高くない、金さえ出せば、ヘリコプターで飛び立ち、四囲を

見渡せる。(旅客機では高度が高すぎて山は細かく見えません)

何故、山に登ったかと言えば其処に千年にも及ぶ極限を生き続

けたこの樹木と

2009110314420000

2009110314470000

そのパワーが有ったからと、いまさらながら気がついた。残念なが

ら、本当のことを言うと、山なんか、好きでもない。人間なんかもっ

と嫌いだ。善意の旗を掲げて、真にある物は自己顕示欲であり、

自分の行動を否定する者への敵意である。どんな言葉を尽くして

も、語りかけも、人一人、命のゆく流れ、そのものには叶わない

、と思い知った今、人は一番、尊いのは自分だ!。

それは、神が認める真実だといえる。それをああだのこうだのと、

七面倒くさい耳当たりのいい言い訳をするんじゃあない!!。

ごまかせたと思っても、残念ながら見え透いている。何を基準

の良し悪しかしらないが、笑われようが、見苦しかろうが、一生懸

命生きてゆく、それを非難されると思い込むその心が病んでいる

のだよ。下手な言い訳は、混迷を呈するだけ。なにがいい見本か

といえばこの本人。昔、

「この餓鬼は白粉を塗っている」と非難された。本人は就職に当た

っては

「ご病気では?」といわれた。並みの人間ならば、長所と人が羨む

物が私には欠点となった。お前ごとき者が、万人が認める優秀で

ある理由無い!。人が、美点とするものが私には欠点となった。こ

れが大衆の見解だった。ゆがんでゆく表情。長い長い生きた心地

無い歳月・・・。黒くなりたくて若かりし頃、顔に香水を塗った。シミ

になるという話を聞いて、やってみた。誰も信じはしない。話しても

せせら笑うだけ。今、老人に成って、心身醜くなり、ようやく幸せ!

?。ようやく、ようやく、大衆レベルに登りつめたか・・・あるいは・・

・堕ちたか・・・まだ足りないかな?。

この世は、そんなもん、退屈で、ところどころ不思議・・・・。

昨年暮れに銀杏並木で有名な青山をこの山友と歩いたとき、5分

も歩けば、終わる並木道に殺到して、悦楽に浸る人並みに、わが、

桧洞丸の(あえて我といわせてもらいたい)あの1時間にも及ぶ原

生林の中に身を置けるこの身の、如何に大衆の評価の規格外レ

ベルの幸せにいるかという思いに至った。

大衆が否定したい無学の我輩の否定できないたったひとつに・・・

昔から生きてきたようだ。それは植物と語れるという、分野。

きっと意味を解釈できる人はいないでしょうが、当方、人と比較し

て、何一つ勝る物はない。然し、植物と語る分野で、私を凌ぐ友が

いない。他の追従を待ちたい・・・然し、いてもめぐり合わなかろうと、

そこに執着はしていない。逢っても同じならば、自分自身だから、

逢う必要も無い。自分以上に逢いたい。心から尊敬できる者に・・・

・・でしょうね。

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