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2010年5月12日 (水)

高山植物

ピースの君がチングルマとシラユキケシを買ったとメールをくれた。

シラユキケシは中国産。帰化植物は日本にたくさんあるがこれは

最近。最近といっても15年かな20年かな、目にしたのは・・・・・・。

それでは最近じゃあないかといわれそうだが、何百年も前に中国

中部から渡って来たという梅からしたら感覚として最近と言う感じ。

日本の山草業者は頭がよくて、実にうまい和名を当てて、山草店に

並べる。シラユキケシは獰猛な草で、鉢底から地下茎を伸ばして、

地に活着しそこいらじゅううに新天地を求めて侵食してゆく。

鉢に上げようとしても長い地下茎に小根しかなく、花時に切ると弱

る。要するに多くの用土を必要とする性質と言うことでしょう。

さて、チングルマといえば、知る人ぞ知る高山植物。昔、東北道の

大きな店で、山の岩盤から剥がしたような、大きさが片方直径40

センチ×25センチほどのチンクルマの塊を買った。1万5千円だっ

た。すぐ枯れた。その後又其処を通って、残りを見たら枯れて外の

草が生えた残骸が残っていた。要するに里では生きれない植物な

のだ。ましてこれを採るということは盗ると言うことに通じる。はっき

り言えば犯罪だ。ところが山の工事でとらざるを得ない高山植物を、

栽培して生かして増やし、販売している公的ところがあった。其処

からながれてくる高山植物もある。昔の話で、今は其処がどういう

風に成っているかわからない。しかし、はっきり言って育っていかな

いと分かっていて、売るというこの体制に疑問が生じる。又それを

しかるべき山に戻してやるというなら大層立派だが、法的に処理で

きれば私はよくてお前は駄目、そんな法律ならば詭弁だ。真に山

のために、人のために心を砕いてこそ、知恵を絞ってこその法が

生きる。我々皆が、全ての法律をわきまえて生きているわけでは

ない。本当に日常生活に身近な法の上に乗って、日々を送って

いるというのが現状だ。そういう大衆を相手に、店に並んでいれ

ばこれは特に犯罪ではないと金を出す。相手は人の心の憧れを

利用して高山植物を身近で眺めたいという願望を利用して?売る。

知らぬ者は、何の疑いも無く買う。その結果、環境破壊につなが

ってゆく。日本では知らなかったといえば許される、社会通念、

宗教ベースに生きているきらいがある。しかしある宗教では、

「人は知らねばならない」

という教えだという。正に!!。怠慢と逃避と犯罪の温床を広げて

はならない。立山の室道のチングルマは今も健在だろうか?あの

凄さを見ると自然の驚異以外のなにものでもない。今落ち着いて

色々考え、思い返してみると、犯罪に随分加担していた人生では

ないかと、疑心暗鬼に落ちる。

東北のある地では、〇〇〇では何年かに一度、山採りの高山植

物を大々的に売りに出す行事にあったことがある。合法的にやっ

ているのだ。そのときは突っ込んで聞くことも無く過ぎた。

最終的結論としては、いつも

【わからない】だ。しかし、人が持って生まれた

「ヤダナ」と言う拒否反応。

「サワヤカダナーイイキブン」と言う肯定。

それが生きてゆく間違いの無い大きな目安だという気がする。

語り合う、教えあう、戒めあう、そしていたわる。これが出来れ

ばなーーー。

明確に真摯に語れない人から、高山植物を買うのはやめよう。

もしかしたら、知らず知らずに犯罪に手を染めているか知れな

い。もう昔の話になったが、アツモリソウが山から盗掘され絶

滅に瀕したとき、〇〇県では規制をかけて、行政は山荘店や

趣味家の調査に回った。その取り締まる人間が、盗掘していた

という、笑い話まで付いて、やがて需要と供給は凍結した。所詮

非常に難しい花である。栽培と繁殖に心血を注ぐ凄い人が、現

れるか知れないが、花き温室としては数十年の歳月で知りえた

知識を、必要とする人がいたら見てもらうという役割に方向を

向けたと思う。

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