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2010年9月29日 (水)

何を見て生きてきたのか

昔、白馬に登って、白馬から鑓の稜線を歩いたとき、赤い岩山の、

花畑、丁度運がよかったとしか言いようが無いが、山の頂から山

腹にかけて雲が流れていった。その雲が丁度網目のように無数

の輪が鎖のように 繋がっていた。まぁ、簡単に言えば白いレース

のように山を覆って流れた。山肌が、その鎖目から透けて見え、

振り返れば、白馬は、霧を抜け、削いだような、急峻な姿をさらし

ている。青い空に陽の光があふれて、唖然とする美しさだった。

ようこそ!丁度この時にお待ちしておりました。そういうメッセージ

だった。鑓までのなだらかな岩の道を歩きつつ、コマクサやトウヤ

クリンドウの花畑に、今まで何を見て、この年まで生きてきたの だ

ろうと思った。今までの人生が、空洞のように虚しく思われた。猿倉

のアプローチの長さに南アルプスの、広河原ほどに参ったが、どち

らも、2度と行ってはいない。然し今、桧洞丸を歩いて、何を見て今

まで生きてきたのかと、愕然とした。この美しさ、そしてこの 荒廃。

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愚かな事に、急峻な岩山が、値打ちに思われた時期があった。

また標高にこだわった時期もあった。然し、多少山を歩いてみて、

こんな山あるかな?と周りを見渡すところにきている。見晴らしが

いいだけでは、それだけだ。動きの無い同じ景色を見続ける事は

結構つらい。雲が流れるとか、日が沈む、そういう動きの1瞬のつ

ながりが、美しいので、その1瞬の、如 何に短いか。山に落ちる太

陽の動きの早さ。頭上にあるときは、止まっているように見える太

陽が、水車のように、音を立てて沈んでいくような動きだ。この山

には、それを感じさせる、深さがある。そのものを飾る、脇役が居

る。ちりばめられた、脇役の豊富さがこの山の価値だ。今ほどそ

れを感じることは無い。

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木道から覗くイチゴ。

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ご神木。

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熊笹の峰ではないが、此処にもある姫紗羅の林立。木道が、被写

体に成って居るが、木道が無いほうが美しい稜線だった。

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霧が出れば、何も見えない岩山と違い、この林の木々の遠近は

他にはありえない景色となる。昔、何時間もこの道が続かない物

かと思った時があった。行けども行けども終わりの無い、長い長

い道を、どのくらい願ったかしれなかった。職場はつらく、この山

を下りるという事はそこに帰ることだった。なだらかな稜線が、霧

に霞んで、行く手の見えないことにどのくらいの幸せを感じたかし

れなかった。ずっと続いてくれ!。そのときの唯一のささやかで、

叶わない願望だった。いくら嫌でも其処に帰っていかなければな

らないことは分かっていて、分かっていて、尚そう思った。立ち止

まれば、さほどに感じられなかった風が骨に届く棘を指す。じっと

止まってはいられない自然の厳しさが、安きに流れたい心身に鞭

を打つ。右も左も選べない、ただ歩いてゆくしかない。幾ばくかの

・・・否や人が与える事のできない癒しと、深いやさしさ、戒めと、

無言の語りを与えられて、歩いた。虫けらのようだと自分の存在を

嘆いたあの時代。唯一、かけがえのない、山との対峙。そういう時

を積み重ねて刻んだ。

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  霧が湧き、忙しく消え、又立ち止まり包み、そして消える。今もこ

の山を蝕むCO2の霧が、変らぬ名優だ。深い霧は一歩集中力を

欠くと、ここは?ふと恐怖心が湧く。つかみどころの無い稜線の中

の緊張感と、研ぎ澄まされた神経の踊り場。その舞台。その形態

は能の舞に似ている。1ミリの感覚の狂いが行く先に、何百メート

ルの差を生じさせる。落ち葉の堆積した深い霧の稜線、新雪に覆

われた稜線。

 五右衛門沢の稜線に迷い込んで、死んだ人が居たが、無事な

多くの登山者に自分の幸運を侮るなと言いたい。木道は必ずし

も、あなたの命を安全に導く確証の物ではない。人は山に向かう

とき、山に敬意と恐れを持つことから発しなければならない。それ

は正に自分の命を手にとって眺める行為だ。非日常的な登山を、

当たり前の事と思うな。どのような相手であろうと、このことは一

歩も譲れない。

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何十年の歳月と共に、もろもろの要因が、樹を枯らし、

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何処にカメラを向けても、今枯れ木の写らないところを探すのが難

しい。

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熊笹に覆われていた山稜は、木の根が浮き上がり。

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霧が出ても、枝葉の茂りが薄く、明るい空が透ける。暗いほど鬱蒼

と茂った、木々はしのぶ由も無く・・・。昔は、昔は、昔は・・・・・。失

ってみて今始めて、この山の昔が、どれほどの価値であったか、身

をよじるほど悔しい。更なる先祖は、きっと昔の山と言う私の言葉を

聞いて、笑うだろうな。ひのきぼらまる。この変な名前。おそらくは

この山に入れば、洞穴に入ったように暗かったに違いない。

 

人は何のためにこの星に生まれ、何を目指し、そして何処に行き

たいのだろうか。

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