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2010年10月19日 (火)

尾崎咢堂記念館

 待てよ、折角だから、あれも荷揚げしておこうと、最後の買い物

に出かけた。何かといえば、ゴミになったドラム缶を細かく切って、

下げ下ろそうという魂胆だ。そこでコメリに行って見ると、鉄板を切

るはさみなるものは、ドラム缶など切れないという隣で買い物をして

いた男性の話。

「たがねだよ。切るんだったら」と言うわけでその鏨なるのものを探

していると、地か足袋を履いた男性がいた。

「あったりーー!」と思って

「タガネってどれですか」と聞くと

「タガネでドラムかんきるったら、重労働だぞ、パンパンはねられて、

半日も掛かるぞ、サンダーだ。サンダーがなければ、鉄鋸だ」ゲッ!。

無駄な買い物をしないでよかったか・・・・。仕方ない、ひたすらお礼

を連発して店を出る。

さて今日は空振りか。

久しぶりに友を訪ね、尾崎記念館に勤めていた彼女に

「今日は長い事気に成っていた尾崎記念館に行ってみようと思う」

といえば、

「いってみな!」と薦める。

Img_1299_2

何処が入り口かなーと歩いてゆくと、一人の男性が現れる。

「見学ですか」と仰せで、案内にしたがって中に入ると、拝観料なる

ものは不用なのであった。

職員を務めておられる、この方はとても丁寧に分かりやすく説明し

て下さり、恐れ多い気持ちであった。

Img_1296_3

もしこれが一人で見て廻ったものならば大概ちんぷんかんぷんで

ふーん。で終わったかもしれなかった。

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中でも感銘深かったものは、卒翁と言う号を記す晩年の彫り物で、

「人生の本舞台は、常に将来に在り」と言う言葉だった。言うなれば

私ごときは、この年で、ぴーぴー音を上げている。それが90過ぎの

偉人が、将来を語っている。これからが本当の人生だというのであ

る。ガクッ!とします。深く頭を垂れて記念館を後にしました。

明るい内に全景をパチリ!。

車に乗るところでお名前は伺わなかったのですが、職員の方が

後を追って、資料を差し出してくださった。

最近特に、自分が何処に暮らしているかよくよく見回してみると

その盲目的であることに、恥じ入るばかり。世界的に話題を今

も提供する、ワシントンへ桜の寄贈で知る人ぞ知る。数々の功

績の歴史の人物です。

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