« 新しい道 | トップページ | 春支度 »

2013年3月11日 (月)

昔の丹沢縦走

電車は伊勢原で降りた。○○に登った。○○というのを歩いた。○○の最後の茶屋で、まるで珍しい宇宙人でも見るように、血相を変えて2~3人の人が内から走り出てくる。泊まらずに上る私に、白髪の老婆がしきりに心配する。時間はとっくに昼を回っている。○○の頂上に立つと、夕暮れで、小さな●●●●●の○○というのか、○○というのか、が、さみしそうにしーんとしている。周りを見回してみるに、ご○○という濡れた木の葉とやらは皆目見当がつかなかった。景色は、ふぁーとため息が出るほど美しくて、ほんのりとした橙色を土台にして、その上に薄紫を一面に伸ばした霞がかかり、八王子の方面が見える。つまり神社に向かって右手前方から広々と開けている馬鹿と猿は高いところが好きって誰が言ったんだろう。モグラと悪党は土の中が好きなんだろうか・・・。馬鹿と猿の仲間にされて高いところに祭られる神様も気の毒と言えば気の毒。確かに馬鹿と言われれば馬鹿には違いない。内心少しも神様を信じていないのに、困ったときだけ思いだし、高々、5円か10円ぐらい、ひどい時には1円玉ぐらいで、とても神様以外の人間には聞かせられないような、恥っさらしな願望を唱えてゆくのだ。それも恥ずかしいとも思わずにだ。そんな人間の願いを気が向けば叶えようと、必死に働くのが神だとしたらこりゃあ馬鹿以外の何物でもないかもな。それで私は何をお願いしたのだろう?思い返せば、人がいるところで神社というところで、ずーっと長い間、手をたたいたり頭を下げたことがない。そういう自分の姿を思っただけで恥ずかしい。人に見られたらもっと恥ずかしい。神様がいないと思っていて、そういうことをする自分を想像しただけで恥ずかしい。なんで恥ずかしいのかわからない。この時も、もったいない、こんな高いところまで、材木を持ち上げて、なんという無駄な労力。なんて思ったのだ・・・。どのくらい経ったらこの材木が腐るんだろう、その時は、又、だれが挙げるんだろう。そんなことをかんがえた。誰もいないので、手を叩いてみようと思ったか、その時、冒険を試みた。叩いてみてなんの記憶も残らない。ただ、さみしそう…と思った。この社を宿に借りるつもりはさらさらなくて、○○へ下る。○○の小屋で暗くなるが、ここで休憩して、○○、○○に登る。○○の小屋で怪談を聞かされ、びくびくしながら行く。自殺者が林の中で転がっていて、キジウチノ登山者が見つけて触ったら、頭の皮がベロンとはがれた、とか、むこうからおばさんが来た、懐がやけに膨らんでいるんで、何を入れているのかと聞くと、これ?と懐から男の生首をボロンと出した。地元の女が亭主をなくし気がふれて、ある日、墓から亭主を掘り出してきた帰りだったというのである。幸い生首も転がりださず、髪をふり乱した女とも合わず

「金がなきゃあ貸してやる、7キロか」と、キスリングをもって手で測り、負けてやるという小屋番さんとも別れを告げ、くたびれているので、タラタラと歩いて、○○にたどり着き、ビバークする。金もなかったけれど、金がないばかりではない。なんというか、カミソリでわが身を削って、流れる血を眺めて、あぁ、私は生きているんだ。そんな実感を得るような、自虐的というばかりでなく、否定されてばかりの中で生きて、そういう幽閉されたような環境を破り出て、放たれた自分の命の価値をみてほっとする?・・・・。そんなだったな~。雪がべったり着いた○○の山腹でビバークした時は、いじましく、小屋からうんと離れると、万が一吹雪にでもなって、困ったときの小屋頼みができないから、小屋からはなれても、小屋の明かりが見える3~40メーターぐらいの斜面にちょっとピッケルでツエルトを張り、寝袋に入って目をつむるが、全然眠れるわけがない。うとうとはするのだが時計を見ると9時とか10時なのだ。ツエルト設置する場所が適当でなかったということか、11時まで、ガサッガサッと雪と霜柱を踏みしめて、人がやってくる。地面に耳をくっつけて寝ている身になってみれば、その音は、怪獣が攻めてくるようなすごい音に聞こえる。要するに小屋に泊まっている登山者が、寝る前に、立ションに来るのである。こっちは、困った困った・・・起きようか、あー小便ひっかけられたらどうしょう・・・とか考えて居ても立っても居られない気持ちだ。いい加減近くまで来ると、ハタと歩みが止まり右か左に足音が遠のき、またしばらくするとガサッガサッとやってきて、同じようにハタ!と止まり、戻って行く。何度も同じことを繰り返してみると、私が、心臓が止まるほどパニックっても、何もないはずの山の土手に不気味な物体を発見して、一瞬しっこもひっこむほどびっくりしているかもしれない怪獣でない、ただの人を連想したりする余裕も出てきて、あーよかった、ひっかけられないでと、変な幸せをかみしめながら、どのくらいの明かりかな?とツエルトの隙間から外の星明りをうかがったりした。そして空が白むか白まぬうちにソーセージをかじりながら、死体かと、確認に及ばれる身を隠すべく、出発する。神経が参っているから、食欲がない。ものを食べないから、なお消耗する。消耗するからなお物がのどを通らない・・・で、のたのたと歩き、途中○○と○○の鞍部でここはすべるぞと、思った通りすべり、小灌木に足を引っ掛けて逆さまになったが這い上がり、みんなが滑ったつるつるの痩せ尾根を越えて、昼過ぎ○○についた。雪は山肌にこびりついているのだが埃りのような霞がかかり、富士も小さく、全然面白くない眺めだった。こんな、面白くない山を見るために、こんなばかばかしい苦労をしているのが、実に面白くなかった。まだ早いのに、ここに泊まることに決める。動く気力がないのである。この小屋には今回初めて泊まった。小屋番は登山者が泊まる押入れの棚のようなところに、私のリックをもって案内して、ここは寒いから駄目だろう。と自問自答して、私のリックを持ったままとっとと管理室に降りてゆく。ここでいいです、ここでいいです。と言っても返事もしないで管理室に行く、仕方なくついてゆくと、大きな広い部屋で、吃驚するような炭火が囲炉裏に山のように盛り上がって真っ赤に燃えている。宿泊の形態はわからないが、食事をだしてくれ、よく話し、クリスマスにはこういう歌を歌うんだと、聞いたこともない歌を歌ってくれた。ふと考えてみると、そうだ今日は、1224日なのである。私は無口に、うじうじとデクノ棒のように、出された食事を食べ、後片づけもせず、こたつにした囲炉裏のそばに、敷いてもらった、布団に、私は2階でいいですが・・・といいつつねころび、こたつのあっちとこっちで、寝転んで、話が途切れるのを待っては、返事しなくてもよくなって、ほっとし、果たしてこれでいいのか、特別親切にしてもらった代償を払えるか、などと頭の中は、パチパチと、算盤ならぬ、神経の花火が飛び散って、とても寝られたもんではないのは当たり前。で、夜中に女性がやってくる。ありがたや、女は、

「ダメよ、その人が起きるよ」とか言っているのだが、私は朝までじっと寝たふりをしていた。やっぱり、○○には、神様がいたのも知れない。信じていなくてもお辞儀をしておくものだ。そして朝、特別な、請求書を突き付けられもせず、小屋を辞した。そして○○で、腑抜けに、ダウンした。雪山をビバークして縦走しようなどということは、大いにバカな話だった。いうなれば甘えがあるのだ。何度か来たことがある山小屋に、

「まことにすみませんが、お金がないのですが、一泊させてください」と頼んでみた。たいして金持ちでもなさそうな小屋番であったが、

「あ、いいよ」という、「おーよく来たな」とかいう。昨日ここに泊まって、楽々下山の予定だった。食料も金も尽きたというより碌に持っていないのだ。○○に払って底が見えていた。このおじさんは、年よりなのに、今風に言えばバツ一おじんで女とみれば、だれにでもやさしいのかもしれない割に、女も賢くてみな警戒するのか女っ気はない。小さなマッチ箱のような小屋である。ここの小屋番は管理室に案内もしないで、中二階でようやく普通に3日ぶりに寝た。

こんな昔のメモが出てきた。

こんなことを思って、ばちが当たったらしく、今は、山小屋で小屋番しつつゴミを拾っている。

誤解されても、悪いなーと思って、名前を消した。

大、大昔の思い出になってしまったな~。みーーーんな、死んじゃったナ。

« 新しい道 | トップページ | 春支度 »

忘れた頃に」カテゴリの記事

最近のトラックバック

カテゴリー

2020年1月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ