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2015年9月27日 (日)

昔の名所、気になる崩落。


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この写真は青ケ岳山荘のサイト、写真帳のページに記載しているもので、新しい写真は上段に足し増しされていくが、ホームページが作成された当時は、載せる写真が少なかった。大昔の写真は沢山あるが、スキャンするにも色あせており、どうにもならなかった。表示の写真は近年、絵葉書にされて比較的新しく、まだデジカメもパソコンもないときであったが、きれいな印刷状態で残っており、何よりも絶景であった。絵葉書は暑中見舞いで、平成3年(1991)の、かもめーると印刷されている。当然その年の夏に撮影したものではなく2年ぐらい前の撮影と思う。

当時の記憶をたどってみると、園芸の仕事が忙しく、今年は、ツツジがいいと、話には聞いていても決断がつかないでいた。それに、花も今まで見ていたので、特にとは思わなかったが出先の知り合いの話に、心が動いた。家に帰って19時、これから山に登るのかと・・・・そこでも迷いつつ支度をしてみるが、へトランプの電池が切れかかっている。ぐずぐずと迷いつつ、この日でなければ時間が取れなかった。登山口に立ったの21時半、夜通しかけて登り、0時半に到着した。

夜中の登山にヘットランプが切れそうで、ずっと点灯していることができずに、2~3秒灯りを灯しては消して、見当つけて暗闇の中を進み、障害物や路肩にに突き当たってはまたちょっと点けて進み、ということを繰り返して、ヤタオネを登った。その日は曇りであったが、稜線に出たら雲を通して、うっすらと月明かりがあり、稜線の崖の道を通る危険を考えて、ライトを節約したが、無意味な結果に終わった。朝、空が白むのを待って、小屋に置いてあったカメラを受け取り、5時ごろ小屋を出、撮った写真がこれだった。
当時、山頂周辺がミツバツツジの大木が群生しており、ツツジのトンネルを見上げつつ降りると崖に出た。つまり崩落地だった。その崖を、トラバースして登山道のこの地点に降り立った。写真の右手上が登山道になる。

それから数年後、この地点はごっそりと崩落した。その写真が、下に表示されている、この写真で、崩落してから20年ほど経っている。

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2011年5月10日の記録がある。芽吹く前の崩落地。
不思議なことに、人は、美しいし場所にカメラを向ける。誰も、動物でも、美しい場所、快適な場所に、向かう。悲惨な画面は、後に重大な記録になることがあっても、なかなかカメラを向けない。この写真以前に、崩落直後に、カメラを向けなかったのは、その後、長く山に行かなかったということもあるし、ここがあそこかと判然とわからないほど、めちゃくちゃになってもいたと思う。然し、あの美しく多くの感嘆の声を集めたこの場所が見る影もなく変わった崩落地を、よく写真に撮っておいたと、いまさらながら思う。

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2011年5月13日。崩落地点の遠景。芽吹き前。上の写真の3日後です。この地点は風衝地点で西からの風が、ビル風のように山間の低みを狙って吹き抜けます。岩をも溶かすといわれる酸性雨は草木を枯らし、オオバーユースと相まって、登山道は崩落の一途をたどり、崩れ始めた山は、とどまるところを知りません。この崩落地が絶景ポイントとなっているのです。

この眺めの地点に立った方は、大室方面に目を向けると、新しく出来た、崩落地点を見ることができます。

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愛鷹山から蛭ヶ岳の稜線から延びる袖平山まで、当然、風巻の頭も見えます。

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この雲海は、2012年の記録ですね。

雲海に浮かぶ富士山も、その雲海が大室山と桧洞丸の間から東に流れる豪快な動きも、この地点ならではのスケールです。

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昔は、夏の風物詩でした。然しこの頃は春と言わず、冬と言わず、年中雲海が出現していると思います。異常ですね。

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さて、話を本題に戻し、2011年、6月。近年まれなツツジの当たり年が続いた1年でした。、昔歩いたルートから発見した景色。林の中から不思議な咲方のツツジを見つけた。まるで丸い手毬のような花の塊。その美しさにシャッターを数回切った。

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林を抜けて崖に近づいてみると・・・。大崩落地。1990年頃、この地点はまだ緑が多く、ツツジの花が咲く場所だった。奇しくも同じ場所を歩いて同じ地点に立った。正直、崩落は進み、とても同じ地点をトラバースする気がしなかった。大幅に迂回した。

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上の部分のアップ。崩落した地点。花が再生したと簡単に思いたいが、この花たちは、災難を免れたツツジだろう。黒い剥けているところが、崩落したところと思われる。

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下の部分。岩に助かられたのですね。美しい景色です。

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登山道に降り立ってみると、こんな風景です。場所を少し変えてみるとまるっきり変わる。手毬のような咲方のツツジは、ミツバツツジとシロヤシオツツジが絡まってひとつの大木のように見えるだけで、数本のツツジの群生なのです。

一般的な視点。まだ整備されていなかった、登山道から見ると今咲いている、その場所は見えにくい。

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2012年1月の崩落地点が丸くえぐれてよくわかる写真。登山道が崩落の淵の尾根を通って熊笹の峰に向かう。そこの手前に立って、向かった地点が一番上の写真だった。
霧氷と、気流の流れで、くっきりと20年の歳月の後も崩落地点を表示しています。

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2012年2月の写真。上の写真よりはわかりにくいでしょうか?熊笹の峰と、大室山が写っています。この2枚の写真は、Mさんの写真です。彼は、一番上の写真の景色は見ていない人だと思います。何の意図もなく山に向かってシャッターを切ったのでしょう。
然し、この2枚の映像を見て、あまりにもリアルに崩落場所が写っていることに驚きました。すべては偶然ですが、自然の荒廃の一コマを語るうえでこの一連の写真は必然でした。

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2013年8月、上の写真の登山道が整備され、間もないころの写真。
今年は2015年。夏もすぎ、間もなくこの年も終わり、新たな年号を数えていくわけです。
然し、自然の猛威はとどまることはありません。我々人間が加担している猛威です。

一番上のツツジの名所が崩落して、その地点の場所が、頭から離れることがありませんでした。花の写真を見るたび、まるで往時の名優の存在を語っておく必要に迫られるように、心の隅から離れることがなく、いつか・・・いつか暇を見てと月日を重ねました。今ようやく一連の写真を探し、記録にとどめることができて、自分の役目として、一つ安心しました。
2015年のこの場所の写真が見つかりません。山に入り浸っていて、一枚の写真を撮れないということに、様々な感慨に浸ります。撮れないのか写真を探し出せないのか?

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ありました!まるっきり同じ地点からの撮影です。2015年8月6日です。この一連の写真を探し出すのに10日かかりました。最後の最後に、この風衝地点に立って、眺める絶景を挿入しようと富士山の朝焼けがあるはずと探していましたら、一緒にならんでいました 。2013年と比べて、草がじわじわと増えてゆくのがわかります。新たな決壊も出来ています。

人に何かを訴えようと思う時は、一つのことをまくし立てますが、関心を引くには感動や、感嘆も必要です。富士山の景色を探して、写真に教えられた気分です。

以下継続します。

 

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