« 朝陽に輝く晩秋の霧氷 | トップページ | 昔の名所、気になる崩落。 »

2015年9月24日 (木)

ツツジの名所①

以前は、ブログに大きい写真が入らなかった。然し今は、1200サイズが入る設定に変わった。2度目のクリックで幅いっぱいになる。それができるのは、今のブログ。

どうしても残しておきたい画像。臨場感が違う。感謝ひとしきり。

Dsc02200

この写真はサイズが2800だった。当然パソコンの画面には入らない。縮小するのは当然だがあまり縮小しても臨場感ゼロ。拡大表示の写真を入れると、容量オーバーで、ホームページの存在が、アウト!

そこで有難いのが、ブログ!容量を軽くするためにもっぱらブログのお世話になっている。

どうしても、削りたくないのがトップページとブナハバチ、ボランティアのページ。そのページの写真が否応なく増えてゆく。どのようにやりくりするか?主催者にとっては大いなる課題。

=====================================

(右も左も手前も奥も、つつじが一面に咲いていた。カメラを覗くといつも 霧中ののシロヤシオは、霞んでいて、
どうせ撮れないだろうと、いい加減にシャッターを押した。影像に成ってみると、一応記録としては役に立っている。)
桧洞丸の山頂付近の景色です。

======================================

こんな記事と共にトップページを飾った写真の中に分割表示していたが、あまりにも情けない写真で、ここに再編集しました。

このツツジの大木は2015年、南に向いた一枝が枯れました。やがて皆無的状態になるかもしれません。私は辛うじてこの桧洞丸のツツジの最後に向かう時に遭遇しました。今が凄ければ、50年100年前はもっと凄かっただろうと思うかもしれませんが、50年前のツツジは今のように咲きませんでした。樹木は今の10倍もあったと思いますが、咲くのは10年20年に一度ぐらいではなかったでしょうか。
なぜ、咲かなかったかと言えば、咲く必要がなかったからでしょう?当時、山はまだ、うっそうとしていて、ブナなどの大木の下木の存在のシロヤシオには太陽の光が届きませんでした。
洞穴の中を行くような緑のトンネルでした。熊笹も背丈より高く生い茂り、それをかき分けてゆく、登山道は30センチ位の幅で、笹を両肘でかき分けかき分けして進まないと、顔中傷だらけになるというありさまでした。今でいう、木道の稜線に出てようやくバイケイソウや、マルハダケブキの世界に到達できたのです。シロヤシオが咲いているのがわからないほど緑に覆われて、手前が塞がれているので、遠目にも見通しが利かなかったのです。シロヤシオが咲いていたと、なぜ気が付くかと言えば、うっそうとした、緑の中の登山道の傍らに色いシーツでも広げたように真っ白に散っている花を見て、ようやく上を眺めて散り残った花を確認するといった有様でした。それも全山のうちでい1~2か所です。それが、短時間のうちにこの変化です。何度も折に触れて語るように、花は疲れてくるとつぼみをつけます。寒波や日照、外的刺激です。生き物はみなそうだと思います。成熟し、老いてゆく過程で、身を結び、次代に子孫を残して消滅する道のりの一時期です。咲かないでいたということは、陽射しがないために成熟段階に急がないでも良い時期が与えられたということでしょう。
様々な老化を促す現象に、ブナは枯れ、灼熱の夏、シロヤシオは頻繁に花が咲き、根元をえぐられ、倒れてゆく、まさに最後の時を叫んでいる姿なのでしょう。見なければ、その驚愕の美しさも、悲惨さも無いに等しいのですが、突然、無差別に足元が抜け落ちるように、近づいてくる最後を語っている、現象だと糸をまさぐってみる気になれませんか??

人目を引くということは、大自然が、人に贈る鐘の打ち鳴らしなのです。それは警鐘なのか、はたまた別の意味なのか、異常気象が結果を徐々に語っているのではないでしょうか。

« 朝陽に輝く晩秋の霧氷 | トップページ | 昔の名所、気になる崩落。 »

青ケ岳山荘ボランティア部」カテゴリの記事

最近のトラックバック

カテゴリー

2020年1月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ