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2016年9月 5日 (月)

MEGE CRISIS

9月4日日曜日,NHKの放送で、メガクライシス (巨大危機 異常温暖化)なるテレビ放送をしていた。

温暖化が叫ばれて久しい。記憶を遡って30年以上も前から、我々一般の耳にも温暖化が届いていた。

人類は何で滅ぶか、温暖化、否、低温化、細菌、野生生物と・・・学者は騒いでいた。学者でなくても危機感はあった。じわじわと、変化し、最終的には一気に落ちる。一度放出したガスは回収の手段がないと言われていた。極地を守るオゾン層は何億年もかけて生成されたものという。

私は、学者でも研究者でもないから、まして何億年前の地球を見たこともないから、明確な変化は語れない。然し、丹沢の50年はみてきた。

Img_4587

(青が岳山荘の前から、南方向の原生林。1963年5月25日とある)

北極のメタンガスの温暖化による放出が危険なだけではない。どこもかしこもという気がする。悪循環というのはまさにその通りで、便利な生活を、捨てることはできないのだろう。経緯を知ろうともしないで、部分を切り抜いて目の前に置いてどうこう言ったって知れている。

「こんなことは今まで生きてきて初めてだ!」と、被災地の老人が語る。

茶化すわけではないが、私なんか、初めての経験だらけだ。あの、食糧難の戦後、疎開した、叔母の子供たちと、一個のじゃがいもを 争って、食べた日の記憶。闇米を買ってはいけないという規制を守って、というより手に入らなかったのだろう、餓死した若いおまわりさん。今、浮浪者でも餓死はしない。期限切れで捨てられるコンビニ弁当で、生きていける。

家の前を流れていた用水路は、清水のようにきれいだった。車がなかった。その時代からバスが増え、車を洗う水が用水路に流れるようになって、ギラギラと油が川面を流れるようになり、その変化は、一気に加速した。早かった。

車がなければなんなのさと言えば馬車と、リヤカーだった。冬、橇で締めつけられた雪面は、つるつるに凍って、通学時にそのうえで、よく転倒した。いかに転ばないで歩くか、それが通学時の課題の一つだった。

語れば、限がない。車を持つなどということは考えられないことだった。それがどう!!一軒に何台かの車を持つようになった。すべてが、初めての経験の連続だ。

あの戦後の、進駐軍が押し寄せた時代。オンリーとかになった教師がいた。受け持ちだった。

列車の窓から、色の白い人形のような、進駐軍なのだろう、どこに行くのか、若い米兵がびっしり乗っていて、乞食のようなチビな我々に、キャラメルや菓子を投げてよこした。はたまた、蔑みの表情で、鼻をかんだちり紙を投げた。それを、気が狂ったように拾う仲間がいた。
「やめろ!」流石に子供ながらののしっても、拾った子供は、かたくなにちり紙を握りしめて捨てなかった。多分、親が、何でも拾って来いと、言って居たのだろうと思う。その時の、子供心に情けない思いは、忘れられない。
「こんな国は、嫌だ、こんな国に生まれて来たくなかった」そうおもった。それが今は、海外から、快適な国と言われている。移住さえもある。何もかもが、初めての、ビックリ経験の連続としか言いようがない。きっと、ビックリは続くのだろう。

というわけで、50年前の桧洞丸の小屋の前から撮った原生林を表示しておこうと思う。

さて、丹沢の写真を探し、スキャンをするか、手っ取り早く写真にとってアップするか、ちょっと悩む。写真が光って、見難いですね。目的は記録で、芸術ではないので、これで、ok!
他にも、ウワッ!というのがありますが次回。今ならば、動画か、スイングパノラマなのですが、昔は白黒。カラーもなくて、使い捨てカメラもなく、・・・・あぁ…歴史ですね~!

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さて、ここで、やっぱりテレビ番組の詳細をちょっと記録しておこうと思う。これは、ココログがアウトになってアメブロに記入したものを、関連性が強いここにまとめようと思った。

11月23日坂上彰のテレビ番組で、地球温暖化をやっていた。北極の永久凍土の溶解。閉じ込められているメタンガスの噴出。炭疽菌の出現。氷の減少で海水面の温度上昇。すざましい悪循環だった。当然気象も変化する。

本来、日本にいなかった虫、蚊の渡来。天狗熱。マラリア。温暖化により、天狗熱の発生は、北上し、青森に到達しているという。巨大台風の発生。今年のトリプル台風。大雪。

人が死ぬ原因のトップが細菌と言うが、2位に、人間が原因とも言って居た。直接原因は殺人だろうが、間接を入れたら、人間がトップのような気がする。

我欲と、快楽を追及して、やみくもに走り続けた結果、今、騒いでいる。

 

トランプ次期大統領が、パリ協定の離脱表明。温暖化対策の一部を失った。

 

昔、(跡見よソワカ)ということを何かの本で読んだ。ソワカとは般若心経の中の末尾にある一文で、娑婆訶という文字を当てている。ある親が子に対して

「後を振りかえって、後の人が困るような有様でないように」という、生き方の姿勢と、慎みを教えた言葉という。それが誰だったかさっぱりと忘れた。情けない。

然しこの言葉は、ずっと心に残った。

この期に及んで、今私たちに何ができる??!!

よく聞く言葉に、

「私一人が何かやったって、何の役にも立たない」・・・・だ。塵でもあるまいし、生き方に理由をつけないほうがいい見苦しい哀れだ。塵以下になる。自分だったな。

私一人が100億人集まってやったことかもしれない。関心を持つこと、見ること。いつだって始まりはそれ。そしてとりあえずは不必要な照明を消そう。こんなことは誰にでもできる。

毎日、マイフォトの削除を繰り返し、使用している写真の量を半分に減らした。今日は久々に写真挿入がかなった。記念すべき日。視力の重労働の日々だった。約、10年の間にココログも変わった。迷惑メールも来ない設定だし、とても、いろんなことに煩わされることもなく、業務にまい進できた。ありがたいと思う。

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