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2017年12月

2017年12月30日 (土)

桧洞丸から確認地点・道志街道・大渡から見える台風被害。

413号線を走っていて、あそこはどこだ!??地点を通った。

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巨大な法面の吹付。Hを半分に切ったような形。
これを山から見ると・・・。こんな。

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これ!巨大なHの文字を下半分切り落としたような楔形の山肌が目立つ。
あそこは、道志街道の大渡(オワタ)付近。

グーグルで航空写真を検索してもこのぐらい大きいとはっきりと出た。
月夜野と大渡の区間だ。この区間から檜洞丸と熊笹の峰の稜線がくっきりと見える。大渡に近づくに従って、金山谷に向かう稜線の落ち込みが見える。大渡の集落の下を通り過ぎると国道は一気に右に曲がる。つまり手前の尾根を背にして谷に入る。これで、大渡の地点から檜洞丸は見えなくなる。

月夜野に入って街道から見え隠れする熊笹の峰が奥に見る桧洞丸よりは巨大な山に見える。

最初はこんな。

ズームしても左の端に桧洞丸は顔を出さない。

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少し進んでゆくと見えてくる。風巻の頭が黒木を載せて手前に立ちはだかる。

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手前右手の太陽を背にした山が大室山。その谷合の奥に見える中央の山が熊笹の峰。犬越路もぎりぎり右端に映っている。檜洞丸は風巻の間から小さく映っている。熊笹の峰より小さく見える。檜洞丸が高い山と一目でわかる時が冬。他の山が白くなくても、桧洞丸だけが雪をかぶっている。遠い山だなー、大きい山だなーと感慨にふける。

左の桧洞丸をズームするとこうなる。

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さらに少し進んで角度が変わってズームするとこんな状態。

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惨め。数年前まではこんなでなかった。

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歯が欠けたような空洞地点に細い木が立っている。

左の尾根をズームしてみると
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山頂から金山谷に降りてゆく尾根だが、こんなに下がったかと思うほど下る。左の端ぎりぎりで、平坦が始まる。鞍部の地点ということか。

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全体図がこういう形。これがオワタで見える桧洞丸の全部。

平坦になりかけている左の端が金山谷乗越の地点だろうか。

山小屋からは大渡は見えない。山頂からも北に寄らなければ見えない。

然し、これだけ稜線が見えるということは彦右ヱ門の崩落地点を下がっていけば見えるだろう。

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桧洞丸がこんなにボロボロになり始めたのは極く最近だ。

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これは、2015年の10月に倒れた。倒れた幹の切り口は腐りも入って居ず、実に美しいブナの大木で、山頂の北寄りに立っていた。信じられなかった。原因は竜巻状の突風だ。

この木1本だけが狙われたように被害に遭った。

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あれから2年、この木にはキノコが生え、何の役にもならず、わずかばかりの虫の糞と、キノコに分解されて綿のような風に飛ぶ土に還ってゆく。土に還ることもないかしれない。なぜならば台風で流され、人間の靴について下界に運ばれる。山頂はえぐれていっている。

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まるで死んでも死にきれない怨霊の姿をさらして・・・。最初は枝が突っ張って倒れても
盛り上がっていた。今は、がらんとしている。


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2017年、今年、台風18号21号22号と立て続けに丹沢を襲った。

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22号は大したことがなかったが、18号は桧洞丸から臼が岳周辺の大木をなぎ倒した。2011年以来か??

この木は、山頂付近で屈指のブナの大木で小屋のすぐ上にある。

この木は21号の被害で倒れた。10月23日未明と思う。空気を切り裂く金属音が3時までした。

切り口は無傷で捩じり取られたように風とは反対の向きで倒れている。

その折れた枝の太さを見るとわが身を捩じるほど悔しい。

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山頂から南の方向に大木が折れている。折れ口が新しい。これも、ここでやられたものだ。

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これも山頂南側。折れ口が初々しい。これも今年の台風被害。ちょっと見渡しただけでこれだけある。

山頂には古い土の塊と化しているようなブナの大木があった。

枯れが進んではいたが、まだ最後の芽吹きを残していた。それも2015年に倒れた。富士山を遮っていた楓も台風で倒れた。今、山頂に立つと倒れた楓の残骸を富士とともにみる。展望展望と騒ぐが、手近にスカイツリーにでも上ったほうが安くあがる。

展望も大事、しかしそれ以上に自分の命が大事。水を与える樹が大事。今の水源が孫子の代まで保証されたものではない。今が見えるだけ。その今も見えない我々になったのだ。

台風は不可抗力というが、そうか??とこの頃思う。同じ経路を3回もなぞるのはおかしい。風は熱に向かう。この大都市に熱がないということはない。そして大気汚染。見えないようで、これは現実。昔に還るか?不可抗力以外、不便には戻れまい。工夫と対策。必ずあるはずだ。

大気変動の意味、理由、研究課題ではないのかな。

空はつながっている。一時騒がれたが、PM2・5、あのあたりから目に見えて木々が弱っていくのがわかった。知り合いのパイロットが中国の上空を飛ぶと、鉄が腐ったようなにおいがする。山で感じることがないですか??と聞かれたことがあった。

昨日の今日では影響は目に見えない。数か月、数年単位だろうか。

写真を挿入していて、数年前の写真がパソコンに入って居ない。USBメモリに保存してしまった。編集にちょっと時間がかかる。植生保護ボランティア部としても成り行きは記録しておきたいので探します。

今年も色々と、ありすぎるほどあった。忙しいというべきか・・・有意義というべきか、なんというべきか・・・。

今年のご縁に感謝して人並みにありがとうございました。と申し上げます。

2017年12月20日 (水)

思いでに残る。楽しい人達‼

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こんなで良いですか?

OK😉🆗✨良く撮れている!

写真送って呉れるそうな❗

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良く覚えています。
ありがとう❗

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写真送って呉れるとか?


御光り隊。
万歳ーー!

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上の写真のほうがいくらかはっきりしているでしょう。やり直したんです。

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然し、何でスマホで撮った写真はボケるのかな?みんな言って居る。

ブログに入れるとぼやけて、まるっきり意味不明みたいになるものがある。この写真はピクチャーに取り込んでから、HPの編集記事を出してウエブアートデザイナーを出して、切抜き、必要でもないのに記事に挿入。アップロードしてからコピー。ピクチャーに貼り付けて、慌てて削除。ようやくここに出現。どういうことか、ワードにに図として保存ができる時があるが、普通はコピーが効かない。ネットの記事はコピーができる。不思議だよね。

多分もっと簡単なやり方があるんだろうが、散々教室に通うか、ドコモの代理店通いか、うんざりする。

電波の経つ平地に降りて、写真の送信不良は単に電波の不足問題とわかった。

面倒くさい事すべてやめてしまえば楽なのに何で・・・????気がしれないよ。本人がそういうのだから他人はさぞおかしいだろう!

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上の写真はスマホ。もやもや。

昼⁉過ぎ雨が降り、小屋の中は真っ暗❗

でも武田さん一行はボッカボランティアのお礼に、カレーをお代わり。パクパク見ていて気持ちいい❗

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2017年12月12日 (火)

山小屋の看板建て替えに集合!

2016年、1月15日、山から下りて、身の丈もある雑草と格闘後、案内板を彫り始めた。

なんだか知らないけど、この木は、やたらに堅い木だった。最初は彫刻刀で掘り始めたが、ギブアップして、ロイヤルホームセンターから掘る道具、リューターとやらを買った。これは山頂に立っている案内板になっている。

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売るほうも買うほうも使い勝手が解らないで、説明書を出して問い合わせたり実際に点検したりと大変だった。親切なお兄さんだった。

毎日毎日チビチビ掘っていった。

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これは小屋の正面看板。

ジャングルのような草だらけの農地。その草と格闘して、とりあえずクリアしての冬仕事の話。寒さと過労に、相当参った。

案の定、山に行けないほど参って、出来上った看板は倉庫の中。

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次の年の6月に出してみたら、黴ていた(笑)
15kはあったろうな。

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いよいよ重たい看板が上がったのが今年2017年9月。1年以上の歳月がたっている。なかなかはかどらないで、長い事入口のわきに置いておいた。

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サイズ調整。

今にも落ちそうな腐った古い看板もなんとか持っている。ペンキを塗りながら、何年か持たせたが、ペンキの塗れない裏から鉄骨が露出。外れたときは、鉄骨が欠けたのにはびっくり。木の板だけの問題と思っていた。

危機一髪。

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倒木を拾ってきて、看板の支えにしてくれた0さん、ぐらぐらしてこれも腐りかかった倒木だけに、不安。撤去して、挙げた桧の角材にペンキを塗って外に出し、寸法をみる。
長ーーーい!長い分には伐ればいい。上を切るか下を切るか悩んだ結果、上を切った。

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10月29日、看板の部品を食料とともにボッカした勇士。おりしも台風の余波の雨の中、
天気予報と首っ引きで帰って行って、あっという間に下山して台風強まるころは温泉。

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若いからか、元気だからか・・・見ているほうは寒い!ご苦労さん。

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物の順序として、柱を建てました!

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然し、よく見ると、左の入口の柱が外側に倒れているので、これは無理かなと思いつつ、束石の下を、大穴掘って、石を全部だし、小屋で一番大きなバールで左に寄せると、動いた!なんだ出来るじゃぁないか!一人で歓声。やればなんだってできるんだ。ただうまくいくか下手に行くかだけの問題。復元して、とりあえずそれ以上動かないように三角の石をかませておいた。周りの杭をたたき込んでいると、山の作業の人が通りかかり、巨大なハンマーで5回ぐらい叩くと、ぼろな杭の頭が崩れた。一気に完了。

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11月1日、重たい板を持ち上げて四苦八苦して懸けてみた所、上過ぎて、登山道の上から見ると洞の部分が陰る。やり直し。

今度は大丈夫だろうな!庇の陰にならないわ!よしよし!

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そんなこんな最後の作業が完成に近づいた11月12日、塚﨑君が来て、手拭いを広げてはしゃいでいる。奇しくもこの看板の板は、野積みの材木の下から拾い上げて、譲ってもらった。原木を引いたままの木であったからこぶ状の突起がある、変形した形だった。もっと幅広の一枚板が理想だったが、そうは都合よくいかない。この板の幅に2行の文字を書くと小さくなる。

昔、保健所に、正式な名前はどうしますかと聞かれて、親方は桧洞丸を頭に付けた。
長い名前になったので、皆、面倒 くさくて、上を省略して靑ヶ岳山荘と言っている。
このこぶ状のでっぱりは山だな?!?と一見して思った。
この山は桧洞丸だな。このこぶに3個の文字を入れたら窮屈だから丸いこぶだから洞だな!昔、丹沢に精通している連中は、桧洞丸の事を一言でボラと言った。桧洞丸の洞を代表に取り上げたもので、昔は、桧洞沢も洞沢と言っていた。

洞を丸で囲んでとりあえず桧洞丸の意味が出来上がった心算。昔、手拭いを作るので、図案をと言われた時に何の気なしに書いた図案がそのまま、看板にも適用された。下で掘り込んだので、サイズが適切でないが、将来もっと大きい小屋に成るだろう(笑)

丸から伸びる線は小屋の創設者である親方の名前を図案化したものでもある。長い稜線は石棚山かな?後の者がどんなに頑張っても、さかのぼって、50数年前この小屋の柱を立てることはできない。昔の苦労話を聞くと、我々は、二の句が継げないのである。たった一人で思いたち、たった一人で一歩を踏み出した。これは他に類を見ない。この点だけは大したもんだと思う。

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後はどうでも、この舞台に立つ人間のやり方だけ。いかに舞うか・・・・・だけ。

宴会アジト小屋の名をとどろかせるか、ボランティアの小屋になり続けられるか。そのあとは何小屋になるのか(笑)

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健康維持のため、登山道点検を兼ね、毎週やってくる眞田さん。

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精鋭飛田さん。看板のねじ閉め。縁起モンだから、みんな頑張れ!

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師匠も参加。

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突然やってきた清水さん。2回目。ドリルの手回しだったから、かたくて・・・・。

全員辟易。

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寅さん夫妻。

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ヤマケン君はポーカーフェイスですね。

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早々とやってきてくれました。ポパイQと磯さん、スワンちゃん。
助かりましたね~!

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かくして完了。使うつもりの束石がまだ出たまんま。

みなさんありがとう!ですね!

そう言えば登山者数名と先輩のご両親もいました。写真が見つかりません。winkすみません。

見つかってはいるのです。スマホに。なぜかね、スマホを替えたら、転送ができないのですよ。パソコンに入らないと写真の挿入が出来ないのです。スマホで記事を出して、編集してみますか・・・・。

何か一つやるにしても脳みその使用期限がとっくに切れている人間としては、エンジン掛けて、アイドリング時間が半端でないのです。

Dsc_0147 有りました! スマホから操作しました。 とても楽しい、家族です。 先輩と父上で実測しました。 それを元に、カットです。 2人で持ち上げた写真がない。削除してないのに、何故だ?

2017年12月 9日 (土)

飲食無断キャンセルと時代の流れ・・・。

今日、12月9日、ヤフーニュースを見ていたら無断キャンセルの被害が出ていた。忘年会シーズンに、気楽にネットで予約して何の連絡もなく無断キャンセルをするということだった。札幌駅前の映像が出ていた。

顔が見えない。その罪悪感の無さが要因という。確かに世の中便利になるとちょっと失礼が幅を利かせる。専門家の話によると、つまり弁護士の言うことですわな、予約の段階で、契約は成立している。キャンセルしても料金を払う義務はある。だそうだが当たり前の常識。相手が承諾したらその限りでない。山小屋がその一例。悪天気でキャンセルは容認されるのではないの?青が岳山荘はそうしている。だから天気を読むことは必死。

時代の流れをたどってみると、山小屋の場合、大昔は手紙で予約が来た。往復はがきが多かった。電話の普及が一般的でなかった。その頃は、キャンセルがなかった。

その後電話の普及によって事態は一変した。キャンセルお手の物。時代はさらに流れネットの普及がさらに拍車がかかり、利用者はやりたい放題わがまま放題の時代になる。メールアドレスで予約し、キャンセル料を払いたくないから、アドレスを替えて連絡を取れないようにする。悪党に便利な世の中になってきている。悪党はずるがしこい。

日本は不思議な政治感覚があって、被害者よりも加害者を擁護する風潮がある。泥棒にも三分の理、などや水は3尺流れれば清まるとか、慈悲だとか布施だとか、接待だとか、功徳だとか、変な仏教思想を政治に引用して、被害を受けて困る人間よりも禍害を与えている人間を保護する法律が幅を利かせている。これは、平等の原則に欠けるのではないか。守りを強くすると、過剰防衛だと来る。

真面目に手作りの食事などを出している山小屋はたまったものではない。インフラが整っていないから、冷蔵庫がない。作った食事はどうするか・・・・。どうにもならないのは捨てるしかないことが起きる。

札幌はまだいいよね。ふと思ってしまう。平地だから冷蔵庫がある。青が岳山荘は山の上。貧乏だから冷蔵庫がない。繁盛している山小屋は、インフを整えている。貧乏でまじめにやっているほど困るのがいつの世代も同じだろうか。こういうところの人間を今の日本は保護はしない。

富士山は予約の前金だそうだ。これもネットで確認か??ネットネット、時の流れなのだ。

山小屋がインスタント食はこんな理由が大きいのだろうね。

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