青ケ岳山荘ボランティア部

2015年9月27日 (日)

昔の名所、気になる崩落。


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この写真は青ケ岳山荘のサイト、写真帳のページに記載しているもので、新しい写真は上段に足し増しされていくが、ホームページが作成された当時は、載せる写真が少なかった。大昔の写真は沢山あるが、スキャンするにも色あせており、どうにもならなかった。表示の写真は近年、絵葉書にされて比較的新しく、まだデジカメもパソコンもないときであったが、きれいな印刷状態で残っており、何よりも絶景であった。絵葉書は暑中見舞いで、平成3年(1991)の、かもめーると印刷されている。当然その年の夏に撮影したものではなく2年ぐらい前の撮影と思う。

当時の記憶をたどってみると、園芸の仕事が忙しく、今年は、ツツジがいいと、話には聞いていても決断がつかないでいた。それに、花も今まで見ていたので、特にとは思わなかったが出先の知り合いの話に、心が動いた。家に帰って19時、これから山に登るのかと・・・・そこでも迷いつつ支度をしてみるが、へトランプの電池が切れかかっている。ぐずぐずと迷いつつ、この日でなければ時間が取れなかった。登山口に立ったの21時半、夜通しかけて登り、0時半に到着した。

夜中の登山にヘットランプが切れそうで、ずっと点灯していることができずに、2~3秒灯りを灯しては消して、見当つけて暗闇の中を進み、障害物や路肩にに突き当たってはまたちょっと点けて進み、ということを繰り返して、ヤタオネを登った。その日は曇りであったが、稜線に出たら雲を通して、うっすらと月明かりがあり、稜線の崖の道を通る危険を考えて、ライトを節約したが、無意味な結果に終わった。朝、空が白むのを待って、小屋に置いてあったカメラを受け取り、5時ごろ小屋を出、撮った写真がこれだった。
当時、山頂周辺がミツバツツジの大木が群生しており、ツツジのトンネルを見上げつつ降りると崖に出た。つまり崩落地だった。その崖を、トラバースして登山道のこの地点に降り立った。写真の右手上が登山道になる。

それから数年後、この地点はごっそりと崩落した。その写真が、下に表示されている、この写真で、崩落してから20年ほど経っている。

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2011年5月10日の記録がある。芽吹く前の崩落地。
不思議なことに、人は、美しいし場所にカメラを向ける。誰も、動物でも、美しい場所、快適な場所に、向かう。悲惨な画面は、後に重大な記録になることがあっても、なかなかカメラを向けない。この写真以前に、崩落直後に、カメラを向けなかったのは、その後、長く山に行かなかったということもあるし、ここがあそこかと判然とわからないほど、めちゃくちゃになってもいたと思う。然し、あの美しく多くの感嘆の声を集めたこの場所が見る影もなく変わった崩落地を、よく写真に撮っておいたと、いまさらながら思う。

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2011年5月13日。崩落地点の遠景。芽吹き前。上の写真の3日後です。この地点は風衝地点で西からの風が、ビル風のように山間の低みを狙って吹き抜けます。岩をも溶かすといわれる酸性雨は草木を枯らし、オオバーユースと相まって、登山道は崩落の一途をたどり、崩れ始めた山は、とどまるところを知りません。この崩落地が絶景ポイントとなっているのです。

この眺めの地点に立った方は、大室方面に目を向けると、新しく出来た、崩落地点を見ることができます。

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愛鷹山から蛭ヶ岳の稜線から延びる袖平山まで、当然、風巻の頭も見えます。

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この雲海は、2012年の記録ですね。

雲海に浮かぶ富士山も、その雲海が大室山と桧洞丸の間から東に流れる豪快な動きも、この地点ならではのスケールです。

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昔は、夏の風物詩でした。然しこの頃は春と言わず、冬と言わず、年中雲海が出現していると思います。異常ですね。

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さて、話を本題に戻し、2011年、6月。近年まれなツツジの当たり年が続いた1年でした。、昔歩いたルートから発見した景色。林の中から不思議な咲方のツツジを見つけた。まるで丸い手毬のような花の塊。その美しさにシャッターを数回切った。

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林を抜けて崖に近づいてみると・・・。大崩落地。1990年頃、この地点はまだ緑が多く、ツツジの花が咲く場所だった。奇しくも同じ場所を歩いて同じ地点に立った。正直、崩落は進み、とても同じ地点をトラバースする気がしなかった。大幅に迂回した。

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上の部分のアップ。崩落した地点。花が再生したと簡単に思いたいが、この花たちは、災難を免れたツツジだろう。黒い剥けているところが、崩落したところと思われる。

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下の部分。岩に助かられたのですね。美しい景色です。

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登山道に降り立ってみると、こんな風景です。場所を少し変えてみるとまるっきり変わる。手毬のような咲方のツツジは、ミツバツツジとシロヤシオツツジが絡まってひとつの大木のように見えるだけで、数本のツツジの群生なのです。

一般的な視点。まだ整備されていなかった、登山道から見ると今咲いている、その場所は見えにくい。

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2012年1月の崩落地点が丸くえぐれてよくわかる写真。登山道が崩落の淵の尾根を通って熊笹の峰に向かう。そこの手前に立って、向かった地点が一番上の写真だった。
霧氷と、気流の流れで、くっきりと20年の歳月の後も崩落地点を表示しています。

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2012年2月の写真。上の写真よりはわかりにくいでしょうか?熊笹の峰と、大室山が写っています。この2枚の写真は、Mさんの写真です。彼は、一番上の写真の景色は見ていない人だと思います。何の意図もなく山に向かってシャッターを切ったのでしょう。
然し、この2枚の映像を見て、あまりにもリアルに崩落場所が写っていることに驚きました。すべては偶然ですが、自然の荒廃の一コマを語るうえでこの一連の写真は必然でした。

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2013年8月、上の写真の登山道が整備され、間もないころの写真。
今年は2015年。夏もすぎ、間もなくこの年も終わり、新たな年号を数えていくわけです。
然し、自然の猛威はとどまることはありません。我々人間が加担している猛威です。

一番上のツツジの名所が崩落して、その地点の場所が、頭から離れることがありませんでした。花の写真を見るたび、まるで往時の名優の存在を語っておく必要に迫られるように、心の隅から離れることがなく、いつか・・・いつか暇を見てと月日を重ねました。今ようやく一連の写真を探し、記録にとどめることができて、自分の役目として、一つ安心しました。
2015年のこの場所の写真が見つかりません。山に入り浸っていて、一枚の写真を撮れないということに、様々な感慨に浸ります。撮れないのか写真を探し出せないのか?

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ありました!まるっきり同じ地点からの撮影です。2015年8月6日です。この一連の写真を探し出すのに10日かかりました。最後の最後に、この風衝地点に立って、眺める絶景を挿入しようと富士山の朝焼けがあるはずと探していましたら、一緒にならんでいました 。2013年と比べて、草がじわじわと増えてゆくのがわかります。新たな決壊も出来ています。

人に何かを訴えようと思う時は、一つのことをまくし立てますが、関心を引くには感動や、感嘆も必要です。富士山の景色を探して、写真に教えられた気分です。

以下継続します。

 

2015年9月24日 (木)

ツツジの名所①

以前は、ブログに大きい写真が入らなかった。然し今は、1200サイズが入る設定に変わった。2度目のクリックで幅いっぱいになる。それができるのは、今のブログ。

どうしても残しておきたい画像。臨場感が違う。感謝ひとしきり。

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この写真はサイズが2800だった。当然パソコンの画面には入らない。縮小するのは当然だがあまり縮小しても臨場感ゼロ。拡大表示の写真を入れると、容量オーバーで、ホームページの存在が、アウト!

そこで有難いのが、ブログ!容量を軽くするためにもっぱらブログのお世話になっている。

どうしても、削りたくないのがトップページとブナハバチ、ボランティアのページ。そのページの写真が否応なく増えてゆく。どのようにやりくりするか?主催者にとっては大いなる課題。

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(右も左も手前も奥も、つつじが一面に咲いていた。カメラを覗くといつも 霧中ののシロヤシオは、霞んでいて、
どうせ撮れないだろうと、いい加減にシャッターを押した。影像に成ってみると、一応記録としては役に立っている。)
桧洞丸の山頂付近の景色です。

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こんな記事と共にトップページを飾った写真の中に分割表示していたが、あまりにも情けない写真で、ここに再編集しました。

このツツジの大木は2015年、南に向いた一枝が枯れました。やがて皆無的状態になるかもしれません。私は辛うじてこの桧洞丸のツツジの最後に向かう時に遭遇しました。今が凄ければ、50年100年前はもっと凄かっただろうと思うかもしれませんが、50年前のツツジは今のように咲きませんでした。樹木は今の10倍もあったと思いますが、咲くのは10年20年に一度ぐらいではなかったでしょうか。
なぜ、咲かなかったかと言えば、咲く必要がなかったからでしょう?当時、山はまだ、うっそうとしていて、ブナなどの大木の下木の存在のシロヤシオには太陽の光が届きませんでした。
洞穴の中を行くような緑のトンネルでした。熊笹も背丈より高く生い茂り、それをかき分けてゆく、登山道は30センチ位の幅で、笹を両肘でかき分けかき分けして進まないと、顔中傷だらけになるというありさまでした。今でいう、木道の稜線に出てようやくバイケイソウや、マルハダケブキの世界に到達できたのです。シロヤシオが咲いているのがわからないほど緑に覆われて、手前が塞がれているので、遠目にも見通しが利かなかったのです。シロヤシオが咲いていたと、なぜ気が付くかと言えば、うっそうとした、緑の中の登山道の傍らに色いシーツでも広げたように真っ白に散っている花を見て、ようやく上を眺めて散り残った花を確認するといった有様でした。それも全山のうちでい1~2か所です。それが、短時間のうちにこの変化です。何度も折に触れて語るように、花は疲れてくるとつぼみをつけます。寒波や日照、外的刺激です。生き物はみなそうだと思います。成熟し、老いてゆく過程で、身を結び、次代に子孫を残して消滅する道のりの一時期です。咲かないでいたということは、陽射しがないために成熟段階に急がないでも良い時期が与えられたということでしょう。
様々な老化を促す現象に、ブナは枯れ、灼熱の夏、シロヤシオは頻繁に花が咲き、根元をえぐられ、倒れてゆく、まさに最後の時を叫んでいる姿なのでしょう。見なければ、その驚愕の美しさも、悲惨さも無いに等しいのですが、突然、無差別に足元が抜け落ちるように、近づいてくる最後を語っている、現象だと糸をまさぐってみる気になれませんか??

人目を引くということは、大自然が、人に贈る鐘の打ち鳴らしなのです。それは警鐘なのか、はたまた別の意味なのか、異常気象が結果を徐々に語っているのではないでしょうか。

2015年1月30日 (金)

おく皆の写真③鈴木さんの傑作。雪おろしを終えて・・・。

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いち早く山頂を目指して・・・!

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雪おろしを終えて・・・・!記録と芸術とシャッターチャンス!!

2015年1月17日 (土)

明日の登山のために、桧洞丸の今日の積雪状況。

T/Iさんの写メールつき情報です。明日の登山に参考にしてください。




今日は神ノ川林道から入り、林道は立石建設までは除雪と砂利が巻かれているので大丈夫です〓立石から先は除雪がまだですが、なんとか日陰沢橋まで行けます。


ヤタ尾根が林道を跨ぐ所の積雪は5、6センチ位。神ノ川林道の広河原のヘアピンカーブは、日が当たらないのでもっとあるかも知れません〓ヤタ尾根の下部は雪は少し〓。標高1000mを越える位からは平均で10センチ位〓。



熊笹ノ峰からも10センチ位ですが、吹き溜まりやヤセ尾根は30センチはありました。小さな鎖場は今夜からの冷え込みで、凍結必至。山頂直下の階段も寒風吹きさらしで、こちらも凍結しそうです。山頂はあっても10センチ位かな?今日は一応、アイゼンは6本爪と10本爪を持参し、6本爪で大丈夫でした。雪は全体的に湿気を含んでます。

ツツジ新道からの登山客がほとんどでしたよ。



以上です。青ケ岳山荘およびボランティア部より。

( I ちゃんありがとう!)

2014年3月10日 (月)

H,26年雪のつつじ新道情報。

2014年の前年末2013年から予想以上の雪が降った。

写真は箒沢地点、県道76号線から、檜洞丸(つつじ新道)への登山道入り口。

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それは、3014年に入ってからも続き、丹沢山塊は雪まみれだった。そして、丹沢ばかりでなく、日本全土に大雪を降らせたのが3月8日の太平洋低気圧。それで収まるかと思えば3月14日、15日の記録に残る大雪は、大混乱を巻き起こした。死者まで出る騒ぎだった。立ち往生の車から脱出、徒歩で帰る途中の凍死。雪崩による死。街中で、普通では考えられない事故が起きた。

山では、みな警戒しているのか、大騒ぎは聞かない。

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つつじ新道のゴーラザワを渡った、取り付きの階段。拡大してみると標識がはっきり見える。こういうところが、道案内ボランティアのプロの作業だ。

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だんだん雪が深くなる。

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東沢林道の作業用枝道にやってきた。右の太い木はつがの大木?。遠くからでも見える。

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だんだん何もかも埋まっていきます。

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さらに登ってゆくと、一回倒れた、標識が、建て直されることなく、その地点から少し上に上がった、木の幹に、くくりつけられています。

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だんだん上に登ってくると鉄梯子が見えてきます。ここから大概雪が多くなり、大雪の時には、完全に埋まって、危険です。落差があります。

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間もなくついた、第二野外卓(ベンチ)長い事、サルノコシカケをつけて、立っていた枯れ木が、昨年の台風で倒壊。一つの目印が消えました。指導票の向こうに、黒い塊が見えるのが、倒れた木の根元部分です。

東に向かって登った尾根が、ここで方向変換し、南に向かって登ります。この地点から、気温が下がり、風の向きが変わります。

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石棚山と檜洞丸を結ぶ稜線に出ます。なだらかな天空散歩の稜線の木道も完全に雪の下です。 

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神奈川県の植生調査のソーラー発電の地点に出ました。結構歩いていますね。

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山頂に着きました。株立ちの沢ぐるみですか?そのそばに鎮座?まします祠が、当然雪ノ下です。迂回気味に東に向かいます。

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小屋に向かって少し、振り返ると、こんなです。

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青ケ岳山荘が雪のネンネコにくるまっています。 息ができなきゃあ苦しかろうと・・・・・

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雪はきしてiいる人がいました。えっ!誰??お互い知らない人!とりあえずパチリ!

つつじ新道の途中から、腹痛に見舞われ、悩みつつ小屋までたどり着いてみれば、ただ吃驚。雪はきしたい気持ちはあれど、腹痛にせかされて、手が出ない、言葉も出ない。写真撮って引き返すだけ。申し訳ないと、ひたすら懺悔。然し、克明な登山道情報は多くの登山者の参考になるでしょう。
当然、青ケ岳山荘にとっても、貴重な記録です。山小屋の写真は3月4日雪掃き作業の鈴木さんの撮影で、残るすべては、青ケ岳山荘ボランティア部員の店長さんが、安全登山のために写真を撮って、情報提供してくれたものです。

この後も、雪は解けたり降ったりを繰り返しています。溶けた雪が凍って、表面は固く、中はフカフカで、寒い日の朝は、比較的容易に登れ、気温上昇と共に昼を回るころは腰まで踏み抜くところがあるという、下るにしたがって、ザラメ状の雪が溶けて、ずるずると足を盗られる。バランスを崩し、力が入り、消耗がはなはだしい。異常には違いない雪の山です。参考にしていただければ、腹痛に頑張った店長も報われます。情報部の青ケ岳山荘の発信が遅れて、申し訳ありませんでした。

踏み抜きや、迂廻路、本来の登山道とかけ離れたトレース。落石や橋の破損、様々なことが起きています。情報は、店長の写真と共に、鈴木さん、眞田さんからも寄せられました。

安全登山にお役立てください。

2014年3月 5日 (水)

大雪の後の青ケ岳山荘

    2014年の2月8日。それから間もなく関東地方に降った14日15日の大雪は、全国的に騒ぎとなった。登山においても、当然のことで、連休に向かって小屋番補佐の監督は、えらい目にあった。

然しし、これはまだしのげる状態だった。これだけ降った後に、14日、15日とこれにも勝る大雪が降った。

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2月24日眞田さんの写真である。
東の屋根が一部でているだけで、小屋は吹き溜まりのポイントとなった。低気圧に向かって北東から吹き込んだ風が雪の加減を支配した。

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小屋の東側、北東の風が低気圧の目に向かって吹き込んだことを物語っている。

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この写真も眞田さんの24日の写真である。頻繁に小屋をみまわってくれ、この日は雪下ろしにも、挑戦したが、いかんともしがたい雪の量であった。

県の公衆トイレの右横に青い色で突起物が見えるがこれが青ケ岳山荘の資材置き場の屋根の角と思われる。さらに、右手に盛り上がったものが山荘の屋根と思われる。

そしてこの後、2月26日、このトイレを、茅ヶ崎の泉さんが経路をつけた。雪を放置しておくと固まって半氷化する。トイレの戸が開かないと、ピッケルで入口を突く。その結果、扉を一緒について戸を破壊する。と・・・・しか思えないトイレの扉の壊れ方をした。このトイレの経路を早々と雪道整備した泉さんは、登山に関係するすべての人から感謝されるものと思う。壊れたからこそ初めて分かる苦労である。

2月26日の泉さんの雪掃きを店長が偶然登って行って、写真を撮ってきた。その写真は、青ケ岳山荘の、ホームページにも載せたが、雪掃きの連絡をいただいたので、プライバシーにおいては本人の許可を得ている。

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詳細は→http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-410085.html

そして、タカコウチャンから小屋の雪掃きにゆくと、声が掛かった。一人や二人で行くのは危険だと考えて、青ケ岳山荘ボランティア部に雪掃き参加者募った。3月1日に5名の人が手を挙げた。しかし残念ながらの雨となり中止となった。参加希望者の中から天気を見据えて3月4日の決行が4名。眞田さん、斉藤さん、鈴木夫妻の4名で。

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入り口が開きましたーーー!!バンザーーーイ!!です。

雪に閉ざされて、くらい小屋の中から・・・・雪の構造階段が出来ています。

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入り口が開いたので今度は窓。ここの雪を掃かないと真っ暗。帰る時間を気にしつつ、必死で雪を掃きます。

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北の屋根にも挑戦。

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掃けども掃けども雪野原。

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やがて、命の水に変わる結晶。とんがっているのは屋根の先端?。

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とても不思議な写真。まるでかカマクラか冬籠りの姿です。掘り進んでいったら・・・・こうなるのです。

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鈴木さん斉藤さん、後ろ姿は眞田さん。

こんな景色を眺めながら・・・・・あーーーー疲れた!あーーーーーきれいだ!と言って帰路に就く。

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写真は、鈴木さん、眞田さん、店長の労作です。

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この日、前日の雪と登山道の悪さ、又、雪掃き作業がどんなに大変だったか、朝からメールが1本も来なかったことで、察しられます。事務所ではただ一人で行った山ではなかったことが、不安と心配で時を数える境地から免れていました。

今日、5日、里は雨。かなりの降り方です。この雨が山では雪か雨か?こうして過酷な桧洞丸青ケ岳山荘の冬は過ぎて、春に向かってゆくわけです。この苛酷さが感謝に変わるのは、本当に山が大事と思っている人々、何とか山を守っていこうとしているボランティアの拠点、青ケ岳山荘を守っていこうと思う人々の心意気で変わるのでしょうね。感無量で言葉が詰まるとは、正に此のことです。

@追加

そして3月8日待望の快晴!動きましたね!合計6名の3月9日。

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まるでトンネルを掘るようにして窓の明り取りと入口です。出口も開きました。最後の写真は泉さんの写メールです。雪の持って行き場に困り、コンベアーにのせたいようです。小型立山のバス道路みたいですね。除雪は、まだまだ続くのでしょうね??

2011年9月 9日 (金)

だから生きていける・・・。

  今日は落ち着いて、写真を撮った。

もうこの看板からして、人様のお力。申し訳なくもありがたい。

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右から左から。

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記念写真を撮りました。

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気がねなく・・・。

合計6名の資料写真の提供を受けました。心から感謝いたしま

す。

また4日には、神奈川新聞がカメラマンとともに取材に訪れ、副

園長が、対応にあったってくださったそうです。これもまた感謝。

まだ掲載されておりませんが、芸術写真が主体ではありません

ので、新聞に載ったからと言って浮き足立っておいでになれば

がっかりショックでしょう。

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帰りに外に出てみると、心地よいそよ風が吹いて、あちこちで

犬の散歩です。

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犬好きの当方としては、そのまま帰るわけがない。ボールを拾っ

ては、ご主人様のところに持ってきて、おやつを一口・・・。

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名前はピース。二人とも幸せで、平和です。おまけにこっちまでにっ

こり。一人暮らしのご婦人が、授かった宝です。だから生きていける。

地球上の家族なんでしょうね。

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あの小鹿も同じ仲間なのに、山には今困る存在。はぐれた小鹿。

まるで、ふとしたまなざしが、どこかにいる親を思うよう、仲間を

探すようなわびしさ。

見ればかわいそうで、やがて遠くない将来、この小ささでは、数

日の内に、絶えてしまうく命かもしれないのに、

「元気で生きてゆくんだよ、生き延びれるかな、お母さんのいる

ほうはそっちじゃあないと思うよ、こっちだと思うよ・・・。生き延び

ていくんだよ、でも、増えないでね、ご飯が無いから・・・」と全く矛

盾したわけのわからないことをつぶやきながら、名残を惜しむ。

これがこの世と言うものの仕組みだろうか。わけが分からないけ

れど、この現世に組み込まれた現実。

あの虫は、何だろう。存在するからには、きっと何かの意味が

あるはずだろうが・・・わからない。

警鐘を鳴らす役割とでもいうのだろうか・・・??

2011年9月 2日 (金)

去年も台風だった。

去年の写真展も台風だった。凄い雨で、出かけたら通行止めにあ

った。去年は雨だけだったが、今年は、今風が唸っている。

丹沢の南面が大雨の被害を受けた。さて今年はどうか?林道が

心配。

台風が来ないと海の水に酸素が入らないので、珊瑚が死滅すると

いう。全くもって、人知及ばぬ仕組みが自然界。

で、何でこんなものがいなければならないのと思う虫がいて不思議。

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相模原公園グリーンハウスの通用口のところで、一寸時間調整し

ていたら、バチンと落ちてきたカマキリ。フロントでしばらく休憩の

後、カマキリ様は歩き出した。一歩一歩、足を出すたびにゆらゆ

らと前後に体をリズミカルに揺すって、進む。こんな歩き方はじめ

てみた。この虫も必要があっているとしたらこの歩き方も何かの

理由があって揺すり歩きをするのだろうな。ブナハバチもなんで

いるのかわからないし、世の中分からない事だらけ。

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たった今、どうしてCDに書き込めないんだ?と思ってよく見たら、

DVD。アーーーもう嫌だ。一日パソコンと格闘して、データーを

新しいパソコンに移そうと思ったのにこれだもんな。携帯みたい

に、赤外線で、パット移せる物を発明しなさいよ!。

疲れた・・・。

2011年9月 1日 (木)

写真展

全く、吃驚の極み。

26日下山したのだから、充分に間に合うはずなのに、今年も9月だ

と思ったのがウンの尽き。

1ヶ月違った。30日、メールがグリーンハウスから届いて露見!。

30日搬入の日だった。その日は朝から写真の印刷に励んでいて、

その成果、一日遅れの次の日の搬入に間に合った。

額は重いからやめて、パネルに切り替えて、車に積み1辺でOK!

あまりにあわてて、写真一枚撮らずに帰った。

おかしいと思ったんだ。ブログのページ別アクセス数を見てみたら、

写真展とかブナハバチとか今に関係ないものが出てきた。へぇー

気にしてくれている人がいるんだ。と思ったのは後のこと。

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まさかこの人ではないよね。

去年会場に来てくれて、今年の春に山に来て挨拶された。

そのときは、記憶が判然としなかったが、今、去年の写真を見て

このひと!と感激が怒涛・・・!有難う・・・ございます。

それともあのひと・・・・???。

何はともあれ一日送れてセーフ。グリーンハウスから

「何度も電話したんです」といわれて、絶句。

携帯が手元に無い状態。その携帯に固定電話を転送かけている。

徹底的に連絡が入らない仕組み。実に不便。もう一台に全て登録

を重複して置く。本体がないのだから初目からやり直しと同じ。

26日に降りて、27日から2日間しか猶予が無いことだった。

伸びないでよくやっているものだと思うよ。一寸欲深かも。あれもこ

れもとやりすぎか?。

ブナハバチブナハバチ、ブナがやられる。皆知らないんだ。知って

もらわなければならない!。

それしか頭に無い。ただひたすらやらなければならない。ブナがブ

ナが死んでしまう大変だ。それしか頭に無い。

変なヤツだとしみじみ思うときがある。親が死んでも泣けないのに

枯れて行くぶなを見て、泣けるんだからなんだろうと思う。

・・・・・ワァーケ ワカンナイ。

2011年3月 7日 (月)

写真展準備、振り返って涙・・・。

出てきた炬燵の影像。炬燵の修理工事も終わった。修理した本人

は寒かったー。なにせ、山の上の11月だもの・・・。

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  明日、下山の後片付け。火の用心。

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こぼした火の跡ぼろぼろのカーペット。

これで練炭入れるたびにぼろぼろ火をこぼして、カーッペットを焼く

事もなくなるだろう。何よりもこの高さの無い炬燵に火を持ってもぐる

地獄の仕事が無くなった。ピヨ・ピヨ・・・・。

(*^▽^*o  ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;・・・・・・。;:

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それに掃除の余禄と言うべき十手!????。どうだ!。江戸

時代!。これを見てひらめいた。

ストーブの前に誂える椅子だ。狭い小屋。ストーブの前も通路に

なる。当方は、まだ、どけ!。うせろ!。といわれた事はないが、

いかにも迷惑と言われんばかりの、ストーブ当番と成っていた。

不愉快!。で終わらないのが。コチトラの特技。さてどうするか。

どう解決するか?執念の火が燃える。ひらめくと、フッサマグマが

全身に燃える。

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キコキコ・・・・鋸でひいて・・・と、ノミが無いから鉈でコチコチ・・・・

コチコチ・・・と失敗しないように削って・・・・。あれ!。完成図が無い。

?????。ヒヒッヒー見せるのがもったいないほどの取り外し自由

の完成図。見たくない・・・?アッそう!

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完成図、探していたら、何これ????。

ぼろな茶箱だ。

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フッサマグマが燃え上がる・・・。素晴らしい修復の完成図・・・・・・・。

あれ!・・・・・・・・探しても探しても・・・無い。撮ったつもりだったのに

無い?????。忙しかったんだよなーーーー。家に帰ってきて

爪がえぐれて生えてきた。10本全部。本人の頭はフッサマグマでも

御身体は、死火山なんだろうな・・・・。

思い出して、涙ぐむのは埃で鼻炎になったこと、そして何より・・・

寒かった~~~~。それだけ。次々と次々と出てくる塵の山・・・。

あぁ~~~~!うんざり。嘔吐した衣服。まるめておしこめて、鼠が

かじって、猛烈な黴と、埃の塊・・・・・・・・。こればかりはデジカメを

作動させる気にならなかった。身も心も凍みた。あ~~~~~ぁ

果てしない山小屋大掃除。執念のフッサマグマがが何処まで燃える

か!。死火山的御身体。

活火山の傍に・・・せめて行きたい。とりあえず温泉。

@今日はアットマークがおまけか。

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